今回は、ついに俳優・反町隆史について語っていきたいと思う。反町隆史が出てきた時代。その頃は、木村拓哉、福山雅治、そして竹野内豊と、いわゆる「平成イケメン」豊作の時代だった。
当時の反町は、ほかのスター同様、存在感そのものが武器であった。長身と低音の声、目力の強さ、直線的でストレートな感情表現。演技はいい意味で荒削りであり、その分、「若さの危うさ」「危うさからくる独特の色気」や「反発力」や「勢い」が画面を支配していた。ただ、単なるイケメンだけではなく、『GTO』の鬼塚英吉など、ちょっとダメ男の役も演じており、演技が上手い下手というレベルを超えて、その“体温”で押し切られるほどのパワーを持ち、ゆえにいまだ名作として君臨している。
では現在はどうか。古沢良太氏も今作の取材会で語っていたが、「圧倒的なスター性を持っていたカリスマが年齢を重ねて良い役者になった(円熟した)」という表現がかなり的を射ていると思う。当時は熱さが目立っていたが、今は「抑制の技術」が見られるようになり、視線を落とすだけ、口角を微細に動かすだけで心情が語られる俳優になったように見える。
また若い頃は「強さ」も見られたが、今は「疲労」「諦観」「皮肉」「優しさ」が自然ににじみ出している。これは「内面沈静型」と言い、いわゆるインナーワーク重視をした俳優になったということだ。翻って初期は圧倒的なフィジカル・カリスマである「身体性主導型」。さまざまな意味で別人であり、これぞ俳優の醍醐味とも言える。
特に『ラムネモンキー』では、その成熟度がすごい。相手の呼吸を待つ芝居。セリフを削ぐような演技で、逆に膨らみをもたせる芝居、感情を“残して”、“置いていく”芝居が見られ、これは反町の味のある年輪が見事に表れている。さらには、あれだけ「熱さ」と「強さ」が主体だったのが、「疲れ果て挫折も経験した50代」を体現しており、あの時代のイケメン俳優のなかでも、最も変化が著しい俳優となったのではないだろうか。
昭和の名優の生き様の片りんが
よく、若者の間で「痛いオジ」とされるおじさんたちの中で、「昔はイケていた」「当時のイケぶりのノリのままでいる」という評価が聞かれるが、反町は、それを潔く「手放した」。手放したと言っても本人だから多少残るのは仕方ないが、この潔さは、彼がやはり“本物の俳優”である証しだと筆者は思う。
過去に、コミック『松田優作物語』などによれば、石原裕次郎はこう言った。「視聴者も自分と同じように年齢を重ねていく。その時に自分だけ若者でいてもファンから遠ざかるだけ。ファンとともに年を重ねていく自分を見せ、ともに歩んでいきたい」と。そしてむしろその潔さ、若者のカリスマから『太陽にほえろ!』のボス役で見せたような父親のような姿を見せることで、さらなる人気を博した。決して褒め殺しをするわけではないが、筆者は反町隆史に、その石原裕次郎の生き様の片りんを感じている。





