近鉄グループホールディングスが3月25日に発表した「近鉄グループ長期ビジョン2035・中期経営計画2028」で、「夢洲直通列車」の開発と運行に言及している。現在、けいはんな線が夢洲駅まで直通しているが、新技術を導入して沿線の各地からも直通運転したい考えだという。新技術の内容を過去報道で振り返りつつ、運行ルートを予想してみよう。
近鉄の「夢洲直通」は現在も達成されているが…
夢洲駅は大阪市高速電気軌道(Osaka Metro)の地下鉄中央線に開業した新たな終着駅。大阪港の埋立地「夢洲」にある。夢洲地域の発展に欠かせない駅として計画されていたところ、2025年大阪・関西万博(日本国際博覧会)の開催をきっかけとして建設に着手した。2025年1月19日、コスモスクエア駅から夢洲駅まで延伸開業したばかりだ。
「新たな終着駅」と書いたが、これは大阪都心から乗った場合の終点という意味であり、地下鉄計画上の起点は大阪港側と定められている。当初は大阪港駅が起点だった。その後、コスモスクエア駅、夢洲駅と延伸するたびに起点駅が変更されるという珍しい現象が起きた。地下鉄計画上は新桜島まで到達予定とされ、延伸すれば夢洲駅も中間駅となる。
地下鉄中央線は長田駅を境界として、近鉄けいはんな線と相互直通運転を実施している。この意味では、近鉄による「夢洲直通」は達成されているといえる。
ただし、「近鉄グループ長期ビジョン2035・中期経営計画2028」で挙げた「夢洲直通列車」は「けいはんな線以外からの夢洲直通列車」であり、具体的には奈良線、京都線、橿原線、大阪線などから直通する列車ということになる。
けいはんな線と奈良線の生駒駅は隣接しており、ここから奈良線などを経由して大阪線系統の路線に乗り入れたい。じつは、けいはんな線と奈良線は引込み線を介してつながっている。軌間はどちらも1,435mm。けいはんな線の車両が全般検査を行う際、ここから電動貨車に牽引され、大阪線の五位堂検修車庫へ回送される。
だとすれば、引込み線の他に分岐器と渡り線を追加すれば、すぐにでも直通運転ができるのではないか。ところが、簡単そうに見えて技術的な壁がある。電車が電気を取り込む方法が異なるためで、けいはんな線は中央線に合わせた「第三軌条方式」、近鉄の他の路線は「架線集電方式」を採用している。
同じ車両にパンタグラフと集電靴を搭載すれば…
外観で言うと、架線集電方式の電車は屋根上のパンタグラフから電気を取り込んでいる。一方、第三軌条方式の電車にはパンタグラフがない。その代わり、台車に「集電靴」という装置を取り付け、線路脇の送電レールに接触させて電気を取り込んでいる。走行用のレールに加え、送電用のレール(軌条)があることから第三軌条方式と呼ばれる。鉄道事業法関連規則では「サードレール方式」と書かれている。
第三軌条方式は地下鉄で採用例が多い。架線集電方式と比べてトンネル断面を小さくできるため、地下鉄の建設コストを抑えられることが理由であり、東京メトロも銀座線や丸ノ内線で採用している。大阪の地下鉄中央線も、コスト面から第三軌条方式になった。近鉄けいはんな線は計画段階から地下鉄中央線に乗り入れると決まっていたため、地下鉄中央線に合わせて第三軌条方式を採用。その結果、近鉄の他の路線には直通できなかった。
それならば、車両にパンタグラフと集電靴の両方を取り付けることで、直通運転ができるのではないか。ここまでは単純な話で、技術的に難しくはない。国鉄時代、碓氷峠で活躍した電気機関車ED42形という例もあった。当時の碓氷峠はアプト式といって、線路側と機関車側の歯車を噛み合わせることで勾配を克服した。このアプト式区間が第三軌条方式だったため、ED42形はパンタグラフと集電靴の両方を持っていた。海外では、ドーバー海峡を通る国際特急「ユーロスター」も採用している。
近鉄の場合も、パンタグラフと集電靴の両方を取り付ければ、両方の区間を直通できる。ただし、パンタグラフを畳んで地下鉄トンネルに入るために、車体は小さくせざるをえない。電力も異なり、けいはんな線は直流750V、奈良線などは直流1,500Vだから、これも両方に対応させる必要がある。よって既存車両の改造ではなく、新型車両の開発が必要になる。
とはいえ、そう簡単な話ではなかった。問題は集電靴。架線集電区間では、線路脇にケーブルや標識などの構造物が多い。集電靴があると、これらの構造物に接触してしまう。全般検査で奈良線などを回送する際はどうするかといえば、集電靴が取り外される。
そこで考えたアイデアが、「集電靴を未使用時に畳んでしまう」という方法だった。そもそも台車から突起物がある状態で地上区間を走らせるほうが危険である。ボタン1つで折りたたみ、引っ込めればいい。このアイデアをもとに、近鉄は第三軌条方式でも他に例を見ない「収納式集電靴」を開発した。単純に集電部分を跳ね上げるだけだと「引っ込みが足りない」ため、支点ごとシリンダーに引き寄せて集電靴を上げるシステムだという。近鉄はこのシステムを2020年1月に特許申請し、2022年10月に認められた。
2022年5月に「収納式集電靴」の試作品が完成し、各種試験を開始した。「夢洲直通列車」を「近鉄グループ長期ビジョン2035・中期経営計画2028」に記載したということは、いよいよ実用化のめどが立ったのかもしれない。
運行ルートの候補は? 種別は?
「収納式集電靴」の開発のめどが立ったことを受けて、「中期経営計画2028」に「夢洲直通列車」を記載したと考えられる。しかし、「長期での実践に向けて、本中計期間に準備/仕込みを行う事項」として「夢洲と近鉄沿線を直接結ぶ列車導入による沿線誘客の促進」とあるから、2028年に運行開始とはならないかもしれない。長期ビジョンのほうを見ると、「大阪IR開業を見据え、夢洲と近鉄沿線(奈良大和路・伊勢志摩等)への直通列車の開発・運行を検討」とある。夢洲および周辺エリアへ来訪する多くの人々を沿線へ誘客するつもりだろう。
大阪IRは万博会場の北側につくられる統合型リゾート施設。カジノばかり注目されているが、国際会議場や展示場、ホテル、レストラン、ラグジュアリーリテール、エンターテイメント施設なども建設される。東京ディズニーランドやユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)といった既存のテーマパークをはるかに超える規模となる。開業予定は2030年秋頃だから、近鉄としても同じタイミングで「夢洲直通列車」を運行開始したいところだろう。
大阪IRは国内外から年間来訪者2,000万人を見込み、1日あたり約5.5万人という大きな旅行需要を創出する。夢洲駅を有する大阪市高速電気軌道(Osaka Metro)だけでなく、鉄道、航空、バスなどあらゆる交通モードにとってビジネスチャンスとなる。近鉄としては、ライバルに対して優位に立つためにも、「夢洲直通列車」の開発が急務といえる。
では、「夢洲直通列車」は夢洲駅とどこを結ぶのか。
近鉄奈良駅と京都駅は想像に難くない。前述の通り、「近鉄グループ長期ビジョン2035」に「近鉄沿線(奈良大和路・伊勢志摩等)への直通列車の開発推進」とあるため、伊勢志摩方面の直通列車も視野に入れていると思われる。近鉄の路線網と鉄道の配線はよくできていて、特急列車が縦横無尽に設定されている。それを踏まえ、運行可能なルートを挙げてみよう。
夢洲~近鉄奈良
生駒駅でけいはんな線(大阪都心方面)と奈良線(近鉄奈良方面)の接続線ができれば、そのまま夢洲~近鉄奈良間の直通列車を設定できる。というより、そもそも生駒駅の接続線が「夢洲直通列車」の大前提となる。列車の種別として座席指定の特急列車が考えられるが、大阪市高速電気軌道(Osaka Metro)との調整が必要だろう。沿線の人々が手軽に夢洲へ行けるようにするなら、各駅停車タイプの列車も設定したほうがいい。
夢洲~京都
この区間を直行するためには、生駒駅で奈良線に入った後、大和西大寺駅でスイッチバックを行う必要がある。ところが、大和西大寺駅は奈良線、京都線、橿原線の列車が行き交い、大混雑している。そこで、奈良線で近鉄奈良駅まで行き、同駅で折り返すルートが考えられる。実際、大阪難波駅と京都駅を結ぶ観光特急「あをによし」は近鉄奈良駅折返しで運転している。列車の種別としては、こちらも特急列車になるだろう。大和西大寺駅で乗換えなしというメリットは、特急料金を支払うだけの価値がある。
夢洲~伊勢志摩
生駒駅から奈良線に入り、大和西大寺駅から橿原線に移り、さらに大和八木駅の短絡線を経由すれば、大阪線など経由して伊勢志摩方面へ直通できる。大和八木駅の短絡線は、京都駅から伊勢志摩方面の特急列車や「しまかぜ」などがたどるルートとして活用されている。
夢洲~近鉄名古屋
橿原線から近鉄名古屋駅へ向かう特急列車はいまのところ設定されていない。しかし、大阪難波~近鉄名古屋間を結ぶ「ひのとり」などが大和八木駅を経由しているから、夢洲~近鉄名古屋間の列車も可能だろう。このルートは東海道新幹線がライバルとなる。名阪特急「ひのとり」がリーズナブルな料金と上質な座席で人気を獲得しているように、「夢洲直通列車」も「ひのとり」レベルの設備を提供したい。車体は小さくなるから「ミニひのとり」といったところかもしれない。
夢洲~橿原神宮前(吉野)
大和西大寺駅から橿原線に進み、大和八木駅を直進すれば橿原神宮前駅に着く。ここで吉野線に乗り換えれば吉野駅まで行ける。吉野は日本有数の桜の名所であり、秋の紅葉も定評がある。観光シーズンに合わせて運行してほしいルートである。
フリーゲージトレインは記載なし
橿原神宮前・吉野といえば、近鉄はフリーゲージトレインを開発して直通運転を行う構想がある。フリーゲージトレインは新幹線と在来線を直通するために開発が続けられてきた。新幹線向けの計画は耐久性の問題で休止となったが、近鉄が開発を引き継いでいる。橿原線の軌間は1,435mm、吉野線の軌間は1,067mmだから、両路線を直通運転するためにフリーゲージトレインの開発・導入が必要になる。
しかし、「近鉄グループ長期ビジョン2035・中期経営計画2028」にフリーゲージトレインの記述はなかった。「夢洲直通列車」の他に「新型観光列車、ビスタカー更新等による新たな魅力発信と近鉄ファンの創出」が挙げられており、「新型観光列車」が該当するかもしれないが、新技術を使うのであれば記載してほしかった。ビスタカーの更新も気になる。「近鉄ファンの創出」のためにも、近鉄が提案する鉄道の新しい世界を見せてほしい。