九州新幹線と鹿児島本線の新八代駅構内にあったフリーゲージトレインの試験設備が撤去されると共同通信などが報じた。JR九州やJR西日本が新幹線の導入を見送ったためで、開発を担当した鉄道・運輸機構が撤去を決めたという。フリーゲージトレインの開発を国が引き取り、近畿日本鉄道が実用化を検討しているとも報じられたが、いまのところ動きはない。

  • 新八代駅構内にあったフリーゲージトレインの試験設備が撤去へ(2016年撮影)

フリーゲージトレインは、新幹線の軌間(左右のレールの間隔)と在来線の軌間を直通可能な車両として開発されていた。新幹線の軌間は1,435mm、在来線の軌間は1,067mmとなっており、これに合わせて車輪の間隔を走行しながら変更する。

フリーゲージ対応の車軸は二重の筒型構造とする。車軸は車輪の外側の軸受けで支えられる。車輪の内側に外筒を作り、内筒は車軸と外筒の間をスライドする。この内筒に車輪を固定する。つまり、断面は中心が車軸、その外側に内筒、その外側に外筒がある。車体は外筒が保持する。

線路側は走行用レールの外側に支持レールを設置しておく。支持レールの上面はローラーが並んでいる。

  • 車両が進むと、台車の車輪の外側にある軸受けが支持レールに乗る。
  • 支持レールを勾配で高くしていくと台車が持ち上がり、車輪も走行用レールから浮き上がる。軸受け内部の車軸のロックが外れて、車輪の間隔が変更可能になる。
  • 車輪はガイドレールに沿って左右に移動する。
  • 支持レールを勾配で低くしていき、走行用車輪を降ろす。軸受け内部の車軸にロックがかかり固定される。軌間変更が完了する。

文章の説明はわかりにくいと思うので、国土交通省が公開している動画を見ると判りやすい。トップページから「>政策・仕事>鉄道>鉄道の技術開発」をたどったページにある。

  • 軌間可変のしくみ(国土交通省ウェブサイトより引用)

共同通信が2024年7月14日に配信した「フリーゲージトレイン設備撤去へ 九州新幹線導入頓挫、10月にも」によると、撤去工事は10月中に始まり、2025年度中に完了予定とのこと。跡地は九州新幹線のレール交換の中継設備になる。在来線の運搬車両でレールを運び込み、新幹線側の運搬車両に積み替える場所だ。第三次試験車両は川内駅に置いてあり、これも撤去する方向で調整中だという。

佐賀新聞は1年半前に報じていた

試験設備の撤去に関して、2023年1月20日に佐賀新聞が1面で報じていた。フリーゲージトレインの試験設備撤去は試験の終了であり、それは佐賀県にとって西九州ルートのフリーゲージトレインの期待を断ち切るという意味になる。佐賀県にとって重要なニュースだった。

佐賀新聞によると、撤去対象はアプローチ線や軌間変換装置などだという。2022年度から着手し、順調に進めば2024年度までに完了する。共同通信が撤去と報じた部分は軌間変更装置で、実際にはアプローチ線など周辺設備の撤去が進んでいたということだろう。最後の総仕上げが2025年度中に完了となっていて、佐賀新聞が報じた日程より1年遅れたことになる。

佐賀新聞はさらに詳しく、鉄道・運輸機構が「軌間可変技術調査費」の全額、約498億円を2021年度決算で減損処理したと伝えている。減損処理は投資が回収できない場合の会計処理であり、「減損」は資産から回収を見込める金額を差し引く処置だ。しかし、フリーゲージトレインは実用化のめどが立たないことから「全損」となった。ただし、実用化に向けた知見も得たことは事実だから、「ムダ使いではない」と思いたい。

新幹線の実用化に課題

フリーゲージトレインは、スペインのタルゴ社が実用化に成功し、営業運行している。日本では1993年に住友金属工業がタルゴ社からライセンスを取得し、1994年から鉄道総合技術研究所が開発に着手した。全国新幹線網を実現する技術として注目され、とくに新幹線の新規建設予算に難色を示した財務省が後押ししたともいわれている。

1998年に北陸新幹線の上越(上越妙高)以西で検討され、1999年に九州新幹線鹿児島ルート、西九州ルート(長崎ルート)、北陸新幹線敦賀以西でも検討案が出た。2004年に政府与党が西九州ルート(長崎ルート)の導入で合意した。2012年に国土交通省が北陸新幹線の敦賀・大阪間もフリーゲージトレインとし、湖西線に直通すると提案した。

その他、調査段階のみで終わった路線として、名古屋駅から高山本線と関西本線・紀勢本線、岡山駅から伯備線と瀬戸大橋線、小倉駅から日豊本線、新潟駅から羽越本線、新大阪駅から阪和線・紀勢本線などがある。地域の要望として、秋田新幹線延伸、北海道新幹線の道東方面延伸、長万部駅から苫小牧方面、郡山駅から磐越西線などがあった。

しかし、JR西日本は2008年の社長会見で、西九州ルートでフリーゲージトレインが採用されても山陽新幹線の直通は困難だと表明した。当時の試験車両は車体が重く、線路に負荷がかかりすぎる。しかも最高速度が270km/hだったため、ダイヤに影響するという理由だった。2014年に製造された第3次試験車両は軽量化に成功し、N700系と同じ43トンになった。この車両で新八代駅構内の試験設備を使った実験が行われた。

  • フリーゲージトレインの第3次試験車両。2014年に報道公開が行われた

  • 新八代駅構内の試験設備で行われた試験の様子(2016年撮影)

一方、JR西日本も北陸新幹線の敦賀駅以西で湖西線経由のフリーゲージトレインを導入するため、「寒冷地仕様」のフリーケージトレインを開発すると発表した。敦賀駅以西の区間はフル規格で建設を決定する見通しだったが、JR西日本は「フル規格の建設に時間がかかるため、それまでの間の乗り換えを解消する」つもりだった。

ところが、JR九州はフリーゲージトレインの西九州ルートへの導入を断念すると発表した。性能的には問題ないレベルながら、車軸の摩耗等が未解決であり、性能を維持するための修繕費が従来の新幹線の2倍程度かかることなどを理由に挙げた。

JR西日本も、2018年8月25日に北陸新幹線のフリーゲージトレイン導入を断念する意向と報じられた。西九州ルートの実用化を受けて「寒冷地仕様」を開発するつもりが、西九州ルートの不採用によってハシゴを外された形になった。翌々日(8月27日)に開かれた与党新幹線PTで、国土交通省も北陸新幹線の導入は困難と報告した。耐久性の検証に時間がかかるほか、車両の導入、維持費用が大きくなるためだった。

これで新在直通のフリーゲージトレイン開発は凍結された。2019年度以降、国土交通省はフリーゲージトレイン単体の技術開発費を予算に計上していない。

近鉄が在来線版の実用化に着手

ただし、フリーゲージトレインの開発は断たれなかった。近畿日本鉄道が開発に手を挙げた。新幹線向けフレーゲージトレインが断念される少し前、2018年5月15日だった。目的は軌間1,435mmの京都線・橿原線と、軌間1,067mmの吉野線の直通運転。現在は橿原神宮前駅で乗り換える必要がある。

近畿日本鉄道は大阪と奈良を結ぶ大阪電気軌道を母体としており、天理・橿原神宮・伊勢方面へ延伸していった。これらの路線はすべて軌間1,435mmで建設された。一方、南大阪線は河陽鉄道が開業した路線で、後に大阪鉄道となり、西は大阪天王寺(現・大阪阿部野橋)駅、東は橿原神宮駅へ延伸した。橿原神宮駅で吉野鉄道と直通運転を実施した。これらの路線はすべて軌間1,067mmで建設された。これら2つの路線網が、現在の近鉄の原型となっている。

近鉄にとって、京都~吉野間の直通運転は積年の課題だった。過去には吉野線を軌間1,435mmに改軌する案や、吉野線を三線軌条とする案などを模索していた。フリーケージトレインも検討したようだ。しかし早々に候補から落ちていたという。

近鉄は報道資料の中で「国土交通省とも相談させていただきながら、他の鉄道事業者や鉄道車両メーカーなどとともに、フリーゲージトレインの実用化に向けた検討を進めていきたい」と表明した。

ただし、その後の進捗は明らかになっていない。当初はフリーゲージトレイン開発推進担当役員を起用し、近鉄総合研究所に就任させた。2019年5月に発表された「新『近鉄グループ経営計画』 ~長期目標(2033年度)および中期計画(2019-2023年度)~」にも、しっかりとフリーゲージトレインが記載されている。

2021年5月に発表された「近鉄グループ中期経営計画 2024」には、フリーゲージトレイン関連の記述がなかった。2022年6月の組織改正で、近鉄総合研究所は総合企画本部に吸収された。取締役や執行役員にフリーゲージトレイン開発推進担当の文字はない。

2022年5月に開催された「鉄道技術展・大阪」の近鉄ブースで、フリーゲージトレインを説明するパネルがあった。しかし2023年5月に発表された「『近鉄グループ中期経営計画 2024』の策定について」を見ると、フリーゲージトレインの記載はない。「設備投資計画の大幅な見直し」という項目があり、研究開発費も大幅に削減されたかもしれない。

国土交通省はどうか。公式サイトの「鉄道技術開発課題評価委員会」で、「令和3年度 鉄道技術開発課題評価」の中に「軌間の異なる在来線間での軌間可変台車の開発」という項目があり、研究期間は「令和元~5年度」と示されている。少なくとも2023年度の時点で、開発は継続していた。さらに、2024年版の国土交通白書も「フリーゲージトレインについては、軌間の異なる在来線間での直通運転を想定し、技術開発を行う」と記されている。

これらの材料から前向きに想像すると、国土交通省はフリーゲージトレインの開発をあきらめてはいない。開発パートナーの近鉄が進捗を公表しない理由は、コロナ禍でフリーゲージトレインどころではなかったから。あるいは国が主導している開発だから、独自に公表できないからではないか。

近鉄の京都駅から吉野駅への直通特急があれば便利だし、東京都大田区も新空港線(蒲蒲線)について、東急多摩川線と京急空港線を直通可能な技術としてフリーゲージトレインに注目している。軌間が異なるために相互直通・乗入れをあきらめた路線は他にもありそうだ。

DMV(デュアルモードビークル)もJR北海道が開発終了した後、阿佐海岸鉄道で実用化した。フリーゲージトレインの技術をこのまま凍結してはもったいない。良い意味で「あきらめきれない」技術者、関係者の皆さんへ声援を送りたい。