4月23日に行われた函館市長選挙で、新人候補の大泉潤氏が圧勝した。大泉氏の選挙公約のひとつに「北海道新幹線の函館駅乗入れ」がある。現行の秋田新幹線「こまち」、山形新幹線「つばさ」のように、東京~札幌間の列車の一部を分割し、新函館北斗駅から函館駅まで運行する。あわせて函館~札幌間を乗換えなしで結ぶ。

  • 既存の線路を改良し、北海道新幹線を函館駅に乗り入れる(日本鉄道建設公団OB・吉川太三氏提供)

全国紙や全国ネット放送では、「東京から函館駅に直通、ただしスイッチバック」と紹介していたようだが、これは東京からの見方だろう。函館・札幌ほか道内の市民感覚としては、札幌駅から函館駅まで直通することへの期待が大きい。ゆえにこの構想は函館市民の念願のひとつでもあった。

技術的、資金的に疑問を呈する声もある。しかし、大泉氏は人気取りのために夢を語ったわけではなく、きちんと裏づけがあった。函館駅乗入れの発案者は、日本鉄道建設公団OBの吉川太三氏。大阪支社長、関東支社長を歴任した人物で、青函トンネル建設時代は龍飛事業所の副所長だった。札幌支店時代に北海道新幹線のルート決定にも関わっている。今回、筆者は吉川氏に取材した。

「北海道新幹線は青森と札幌を結ぶ計画だったから、現在の新函館北斗にしたんです。だけど当時の函館市長の木戸浦さんは、どうしても函館駅に入れろと言っていた。まぁ、当時は新幹線が札幌まで行くって誰も信じていなかったんですよ。だから函館でいいじゃないかと。それを強引に現駅にしたから、申し訳ないなという気持ちがあったんです。それからしばらく経って、1998(平成10)年頃に私案として考えていました。いまから4年ほど前に、自民党の前田一男元衆議院議員(現・北海道議会議員)から、新幹線を函館に直接入れる方法は無いだろうかと相談があったことが発端です」(吉川氏)

函館市長選挙で、自民党は前職の工藤壽樹氏を推薦した。しかし、対立候補である大泉氏の公約はもともと自民党代議士の発案だった。大泉氏に投票した自民党支持者が多かった理由も、このあたりにあるように思える。大泉氏は函館市役所職員だったから、この構想も知っていた。そして大泉氏は吉川氏のレクチャーを受けている。

■複線の片側を三線軌条に改造する

推進派の政治家や商工会議所会員の要請で、吉川氏は何度か函館市で講演を行っている。直近の講演は2023年2月27日。そのときのスライドを入手したので、構想の具体的な内容を見てみよう。

新幹線の軌間は1,435mm、在来線(函館本線)の軌間は1,067mm。新幹線車両の函館駅乗入れに向けて、在来線の線路の外側にレールを追加し、三線軌条とする。新幹線車両は在来線車両より重いが、もともと函館本線は貨物列車の重い機関車に対応しているから、路盤の補強はほとんどいらない。

  • 北海道新幹線と在来線の接続地点(吉川氏提供)

車体幅の広い新幹線車両が線路上の構造物に接触する心配もない。もともと北海道の線路は除雪作業を考慮しており、線路際の余白が広い。改造が必要な場所として駅のホームが挙げられ、新幹線の車体に合わせて削る必要がある。函館駅は2003(平成15)年に新駅舎となったが、じつはホーム等の構造について、将来のフル規格新幹線車両を考慮していたという。予算を変えずに済むところで、「そんなこともあろうかと」と準備する。鉄道土木ではたまに聞く話である。

  • 車両の幅の違いとホームの改良箇所(吉川氏提供)

新幹線と在来線(函館本線)の接続地点は新函館北斗駅の東側になる。北海道新幹線の車両基地があり、新幹線車両の出入りする線路が函館本線にほぼ隣接している。ここに分岐器を設置する。とくに新しい技術ではなく、三線軌条となっている青函共用走行区間(新中小国信号場~木古内間)や、箱根登山鉄道の入生田~箱根湯本間でも見られる。

■並行在来線の複線は維持、「はこだてライナー」の電車は返却

函館本線の函館~新函館北斗間のうち、函館~七飯間は複線区間だ。新幹線の乗入れは複線の片側だけを使って単線で実施する。距離が短いので新幹線列車同士のすれ違いはなく、複線にする必要はない。ただし、在来線は新幹線側の三線軌条区間を使って、擬似的な複線運用も可能とする。

  • 函館~新函館北斗間の線路配線略図(吉川氏提供)

函館~新函館北斗間は現在、「はこだてライナー」(快速・普通列車)を運行している区間だが、新幹線対応工事にあたり、在来線の電化装備は不要になる。新幹線が直接乗り入れる以上、「はこだてライナー」の役目は終わる。「はこだてライナー」は新幹線利用者だけでなく、通勤通学等の乗客も増えているという。しかし電車版「はこだてライナー」がなくても、ディーゼルカーで走らせればいい。

「新幹線函館駅乗入れ案」は1998(平成10)年頃に吉川氏の私案が生まれ、4年ほど前の前田氏の相談から半年かけてまとめられた。それから4年、現在も概要は変わっていない。ただし、北海道新幹線の札幌延伸が近づき、並行在来線問題が浮上すると、少し事情が変わってきた。函館本線函館~長万部間の存続問題を考慮する必要がある。このうち、少なくとも函館~新函館北斗間の地域輸送量はバスで代替しにくい。通勤通学時間帯の鉄道輸送人員は500人/日を超えており、50人乗りバスが10台必要になる。それを手当てしたとして、他の時間帯は9台も余る。過剰投資である。

函館~新函館北斗間を第三セクターが引き受けた場合、電車版「はこだてライナー」向けの車両の維持とメンテナンスに関する費用もいらない。全般検査(車検)は苗穂工場までディーゼル機関車牽引で回送しているが、この経費も不要になる。長期的にみれば、函館駅乗入れ案に必要なコストを賄える。

「はこだてライナー」の733系1000番代は札幌圏に返却する。在来線列車をすべてディーゼルカーで運用すれば、電車版「はこだてライナー」に関わる億単位の経費が浮く。道南いさりび鉄道のディーゼルカーと共通の運用も組める。

■東京~函館間は新在直通、函館~札幌間はミニ新幹線車両で

函館駅に乗り入れる列車は、東京方面からと札幌方面からの2系統になる。東京~函館間の列車は「はやぶさ」に併結する。現在の「こまち」方式で、札幌駅へ向かう編成の後部にミニ新幹線車両を併結する。函館~札幌間の列車は全編成をミニ新幹線規格とする。函館~札幌間を結ぶ現行の特急「北斗」の人気ぶり、鉄道利用動向と道内経済を考えれば、札幌方面からの列車が本命だろう。

ミニ新幹線車両の札幌編成は、特急「北斗」の定員から車両数を導ける。現行の「北斗」はキハ261系5両編成を基本としている。コロナ禍前は7両編成で、定員は322人だった。秋田新幹線「こまち」のE6系も7両編成で、定員は338人。2024年に山形新幹線へ投入予定の新型車両E8系も7両編成で、定員は355人とされている。ただし、E8系の最高速度は300km/hにとどまる。コロナ禍からの回復スピード、高速化による高頻度運転を考えると、320km/h対応のE6系が落とし所かもしれない。

東京編成は札幌編成との需要バランスによる。新函館北斗駅のホームは10両対応のため、現在10両編成のE5系には併結できない。そこで新たに7両編成の札幌編成をつくり、函館編成は4両とする。合計11両になるが、ミニ新幹線は車体が短いから対応可能だろう。

E5系のうち44編成は北海道新幹線の札幌延伸時までに製造から20年を超える。次世代新幹線試験車両「ALFA-X」をベースにした新型車両を投入する時期だろう。北海道新幹線は整備新幹線の最高速度260km/hで設計されているが、JR北海道は自社で約120億円を負担し、320km/h運転を可能にする方針としている。そうなると、「東京~札幌編成」「東京~函館編成」「函館~札幌編成」すべて新型車両になる可能性が高い。

札幌編成と函館編成の併結については、現在のE5系と併結する向きが違うという意見もある。しかし、7年後の車両や運用に関して、現状から否定する必要はない。

  • 函館駅乗入れを想定したダイヤ案(吉川氏提供)

  • 函館駅乗入れを想定した時刻表案(吉川氏提供)

もうひとつの案として、フル規格新幹線のまま函館駅に乗り入れてもいい。東京~札幌間が開業しても、すべての「はやぶさ」が札幌駅発着とは限らない。盛岡駅止まり、新青森駅止まりの列車もあるだろう。ならばそれらを新函館北斗駅まで延伸し、函館駅にも乗り入れる。需要の少ない時間帯は函館~新函館北斗間の区間運転を実施し、札幌方面の列車と対面乗換えを実施する。新函館北斗駅は現在、相対式ホーム2面2線だが、札幌方面の12番のりばは将来の島式ホーム化を考慮した設計になっている。

同一ホーム乗換えであれば、現在の「はこだてライナー」と同じだと思うかもしれないが、現状ですべての「はやぶさ」が「はこだてライナー」と対面乗換え可能ではないし、対面乗換えができない場合、新函館北斗駅のコンコース、エスカレーターが容量不足で混雑するため、乗換えにかなり時間がかかる。

吉川氏によると、本命はフル規格乗入れだという。しかし、函館~新函館北斗間のフル規格新幹線整備について、過去に1,000億円という試算が広まった。この試算はフル規格の別線建設によるもので、今回は線路改良で75億円としている。ただし、「フル規格で75億円」と言っても、1,000億円でショックを受けた人に信じてもらえない。そこでミニ新幹線で提案したとのことだった。

■建設費75億円は30年間で捻出できる

大泉新市長が選挙公約で主張した「函館乗入れ費用は75億円」も根拠がある。吉川氏らOB仲間が現状を視察したところ、路盤関係工事費41.6億円、電気関係工事費26.9億円、工事付帯費4.8億円、合計で73.3億円だった。これが「おおむね75億円」だという。

  • 函館駅乗入れ工事費の概算内訳(吉川氏提供)

  • 第三セクターと同時に整備すれば工事費の元が取れる(吉川氏提供)

大泉氏はこの財源として、ふるさと納税額を現在の10億円から100億円にすると語った。いきなり10倍、3桁とは驚くが、これも不可能ではないと思われる。

NHKが2022年7月29日に報じた「ふるさと納税が過去最高 税収減の自治体も」によると、ふるさと納税制度で自治体に寄付された金額のトップが北海道紋別市の152億9,700万円、次いで北海道根室市の146億500万円、北海道白糠町の125億2,200万円だった。紋別市の人口は約2万人、根室市は約1万2,000人、白糠町は約7,300人である。

これに対し、函館市の人口は約24万人。人口とふるさと納税額が比例するかといえば、筆者にも自信がないのだが、函館市は魅力も特産品も多く、10億円は少なすぎる。伸びしろが多いと感じた。

それはそれとして、函館駅乗入れに関しては、前出の「並行在来線の第三セクター化」「はこだてライナー廃止」でコスト削減効果があり、補助金、増収を積み上げれば約76億円になる。75億円の工事費を回収できそうな勢いだ。

約76億円の内訳は、電車版「はこだてライナー」廃止で20億円の節約、第三セクターの初期投資分で相殺額1億円、国の地域鉄道に対する支援制度で10億円の補助金、「はこだてライナー」廃止による維持費減少が10億円、第三セクター化による加算運賃と新幹線乗入れによる増収で30億円となる。収支が拮抗しているだけに見えるが、函館駅乗入れによって函館市が活性化されるわけで、その経済効果はここに計上されていない。費用便益(B/C)の数字も欲しい。

長くなったが、これが「函館駅乗入れ案」の「簡単なまとめ」である。最後に、吉川氏が2月27日に「函館圏の活性化と新幹線フォーラム」で講演した際のスライド(計56枚)を掲載する。詳細な費用分析などは今後の情報を待つ必要があるものの、かなり現実的だと思う。

  • 吉川太三氏による「函館圏の活性化と新幹線フォーラム」講演のスライド