庵野秀明がアニメーターを志したきっかけ

庵野氏:僕は学生時代に板野さんの仕事の手伝いをして、その時に板野さんが安彦さんの『ガンダム』の原画と修正原画を見せてくれたんです。それと、アニメ原画のタイミング指示の存在を知って、こういうものを自分もやってみたいと思った。当時大学生でしたけど、これは今すぐやらねばならない、学びたいと。その気持ちを『ガンダム』の原画がすごく後押ししてくれました。板野さんとの出会いがなかったら、今の僕はなかったです。で、最初に板野さんに出会って、次が宮さん(宮崎駿氏・説明不要)。この組み合わせは世界中で僕しかいないですね(笑)。

氷川氏:そういうすごい人たちに導かれてきた庵野さんが「アニメの魅力は原画にある」と言ってくれることはすごく心強いです。

庵野氏:アニメの面白さってやっぱり画にあると思います。画以外にもいろいろありますけど、画による部分というのは大きい。『ガンダム』の1話が安彦さんの原画でなかったら、『ガンダム』のここまでの成功はなかったでしょう。

氷川氏:今見ても完璧、というと言い過ぎかもしれませんが、やりたいことが一通りアニメとしての画になってるというか。

庵野氏:富野さんの絵コンテを安彦さんが原画、修正まで含めてやっているというのが、『ガンダム』の1話のすごくラッキーなことです。他の人がやっていたらあれだけのものにはならなかったでしょうね。富野さんのコンテはよかったけど、残念だったね、で終わっていた可能性が高いです。それくらい安彦さんの功績は大きいです。

庵野氏がそこまで言うのは、こんな前例があるからだ。

氷川氏:『ザンボット3』は作監がいませんでしたからね。

庵野氏:『ザンボット』はひどかったですねー!(場内爆笑)

庵野氏:『ザンボット』はあまりに作画がひどくて途中で見るのやめましたからね~。金田さんの回が待ちきれなくて(4回に1回ぐらいだった)。人間爆弾の話になって、話が面白くなって見るようになりましたけど。キング・ビアルの合体なんて残念すぎます! あれ作画がもっとよかったらって……当時高校生でしたけど僕が直したいって思ってましたもん。

氷川氏:修正いれたいと(笑)。

庵野氏:それだけ厳しかったです。オープニングとエンディングは安彦さんの修正が入ってるんでいいんですけど。

氷川氏:『ザンボット3』の合体バンクは富野さんが描いたらしいですね。

庵野氏:あまりに原画がひどかったんで自分で直したらしいです。『イデオン』もひどい時はひどいですけど。

氷川氏:それを言ったらテレビ版の『ガンダム』だって。

庵野氏:『ガンダム』はギリギリセーフです。『イデオン』はひどすぎてやっぱり途中で見るのやめました。アバデデ様が死ぬところでもう一度引き戻されましたけど。

氷川氏:湖川さんも自分の担当回以外でもあちこち直してたみたいですね。

庵野氏:ええ、ところどころいいカットがある。……そういうどうしても何とかしたいっていう場合は、やってしまうんです。僕も『ナディア』の時にやりました。缶コーヒー持っていって「これ1枚直して」って。お金は出せないんで、あとは気持ちで。作監がいるので、作監が直した以上の直しはタブーだったんです。当然ギャラは発生しないので、僕のポケットマネーで。それはアニメの製作上、仕方がない。

氷川氏:安彦さんはコンテを見て、急所になりそうなところは全部チェックして手を入れてたそうです。ミハルの回とか。

庵野氏:あの回はかなり手が入ってますね。アニメはやはり画の力が大きい。絵コンテを見て監督さんのイメージを画にしなければいけないわけですから。宮さんなんか自分のイメージに合わない場合は全部自分で描き直していた。若い頃なんてほとんど自分で描いてました。僕が『ナウシカ』をやらせてもらった時は、ほとんど描き直されました。宮さんはほぼ一日中描いてた。他の人の描いた原画を下に置いて、上から自分で描いてたんです。ほとんど全部(笑)。

氷川氏:手が早いですよね。安彦さんも速いですけど。

庵野氏:宮さんも速いですよ。今のアニメの現場でも、本当にスピードとクオリティを持ってる人が何人かいますけど。『ヱヴァ:Q』で総作監やってもらった本田くん(本田雄氏、『ガンダム』的には0080と0083に原画で参加)や、作監補で入ってもらった井上さん(井上俊之氏・原画にこだわるアニメーターのひとり。『魔女の宅急便』『AKIRA』『スチームボーイ』『イノセンス』『おおかみこどもの雨と雪』など名だたる劇場アニメに多数参加)、このふたりはものすごいスピードでクオリティ高いものをあげてくる。ただ、『ガンダム』の頃とは画の線の量が違いますから、ガンダムを描くのとνガンダムを描くのでは、同じ速さというわけにはいかない。

単純な月産枚数で過去と現在を比較することはできない。しかしアニメーターは作業のスピードを求められるのも事実で、それは今も昔も変わってはいない。月に7~900枚やればうまくなる、と言われてもろくに絵を描けない筆者にしてみれば気の遠くなるような数字だ。それくらい絵を描くことがしんどいと思わない者だけがアニメーターとして育っていく、というのはいやはや、とんでもない世界である。……続きを読む