連載『住まいと安全とお金』では、一級建築士とファイナンシャルプランナーの資格を持つ佐藤章子氏が、これまでの豊富な経験を生かして、住宅とお金や、住宅と災害対策などをテーマに、さまざまな解説・アドバイスを行なっていきます。


すべての条件に対して満足のいく地域は、現実としては難しいでしょう。ある程度妥協しながら、その時点での最善の選択をするしかありません。一つの要件を強く追い求めれば、犠牲にしなければならないものもでてくるでしょう。そんなときに2地域居住も視野に入れてみてはどうでしょうか。どちらも資産価値の高い住まいを選べば、将来どちらかの住まいが利益を生んでくれないとも限りません。

2地域居住とは ~どちらも日常である2地域居住~

2地域居住とは、時々「非日常」を求めて別の環境に身をおく別荘生活とは一線を画する生活スタイルを意味します。二つの地域での生活は、基本的には「日常」であり、明確な意図を持っています。仕事などの利便性を求める地域と住生活の充実を求める地域などの相反するニーズを両立させるためや、将来の移住や生活スタイルの変化のへの準備、災害などのリスクを低減させるための生活スペースの確保など、様々なスタイルがあります。

2地域居住のパターン ~新しい住生活の創造~

いくつかの事例を挙げておきますが、このほかにも、それぞれのライフスタイル分、2地域居住のパターンがあると言っても良いでしょう。

  • 郊外の週末住宅…ウィークディは会社や有名学校に近い都心部のマンションなどで生活し、週末は郊外の庭付き一戸建て住宅で過ごすタイプ

  • 都心の単身赴任住宅…基本的に環境の良いところで子育てをして、夫婦のどちらかがウィークディを都心の住まいに単身赴任するタイプ

  • 移住予定地とのコミュニケーション…将来、移住した先での新たな人生をめざし、その準備として地域住民との人間関係や適応力をつけるために「2地域居住」を行うタイプ。リタイア後の生活目的だけでなく、都会に住む家族が、豊かな自然への憧れから「2地域居住」を志向するタイプです

  • コロニーヘーブ…コロニーヘーブとは寝泊りできる小屋付き農園のことで、週末を農作業に従事するために、都市部に比較的近いエリアにもう一つの拠点を設けるタイプ

2地域居住とリスク回避 ~是か非か災害からのリスク回避~

東日本大震災後に一部の富裕層が、「自然災害のリスクの大きい日本から比較的安全なヨーロッパ等に拠点を設け始めた」などの報道がありました。江戸を描いた小説には、火事に焼け出されて、別宅に仮住まいする話が良く出てきます。私が生まれた千葉県市川市は、戦前は東京で働くエグゼクティブの別荘地帯でした。空襲で東京の住まいは焼失したので、やむなく市川に移り住んだ人も多かったそうです。今でも東京の下町を考えれば、河川が決壊すれば海に逆戻りでしょう。山の手でも河川の氾濫等は過去頻繁に起こりました。今は巨大地下施設を設けて洪水対策をしているくらいです。また昔、浅間山が噴火したとき、住んでいた世田谷区(東京都)の庭は降灰で灰色一色になりました。子供の頃は災害をいろいろ経験したので、ファイナンシャルプランナーになる以前から、家族が食べるだけの菜園が作れる広さがある田舎の土地と家が欲しいとは漠然と考えていました。そのようなニーズは多いと思います。

豊かな暮らしに向けて ~過疎化対策視点より都市生活者の視点へ~

国は地方の過疎化対策として2地域居住に注目し、10年ほど前に意識調査を行っています。都市生活者の50代の45.5%が、2地域居住願望があるという結果がでています。過疎化対策が問われて久しいですが、一部地域を除いて過疎化は加速する一方です。一方2地域居住のニーズは高く、移住希望者の割合も、同じ50代で30%近くになっています。なぜ50代は2世帯居住のニーズが高いのでしょうか。定年を間近にして、第2の人生となる新しい生活スタイルを考えていることもあると思います。完全に移住するのではなく、さらに高齢化した場合は医療施設が充実し、子供世帯が暮らす都会へ戻ることもなども考えているので2地域居住なのではないでしょうか。しかし2地域居住を過疎化対策として考える限りは、これらのニーズを汲み取り過疎化に歯止めをつけることは、なかなか難しいでしょう。都会で目いっぱい働き、疲弊している都市生活者の視点に立って取組まなければ、2地域居住のニーズを顕在化し、地域おこしに活用することは出来ないでしょう。

2地域居住には新しい生活スタイルへの希望があります。2つの地域の人々と交流でき、将来に向けて多様な活用方法を見出すことができます。私が感じてきた漠然とした都市生活の不安に対する「安心」もイメージできます。不確実性の時代と言われ、閉塞感や不安感に包まれている現在の日本には必要な方向性の一つではないでしょうか。確かに働き盛りの年代の生活費は増加しますが、その分、より自分の価値に見合った生活を手に入れることができますし、老後の生活の拠点にもでき、次世代は2地域を受け継ぐこともできます。

(※写真画像は本文とは関係ありません)

<著者プロフィール>

佐藤 章子

一級建築士・ファイナンシャルプランナー(CFP(R)・一級FP技能士)。建設会社や住宅メーカーで設計・商品開発・不動産活用などに従事。2001年に住まいと暮らしのコンサルタント事務所を開業。技術面・経済面双方から住まいづくりをアドバイス。