このコラムは最新の経済分析を中心にお伝えするという主旨のもと、スタートしましたが、今回は少しだけ目先を変えて推薦図書とさせて下さい。経済の"裏読み"とは関係ないではないか、と思われるかもしれませんが、実は関係があるのです。

米国の公文書に基づいた『國破れてマッカーサー』、強いメッセージを発信

わたくしの新刊をご購入、お読みいただいたということで、何ともありがたいことに西鋭夫先生からお声掛けをいただき、直接お目にかかることができました。スタンフォード大学内にあるフーバー研究所教授であり、日本では柏市のモラロジー研究所でも教鞭を執られている先生は名著『國破れてマッカーサー』の著者です。

題名が示唆するように、この本では第二次世界大戦後のGHQ占領下の日本がテーマとなっています。こうした内容の本はとかく、過度な親米・反米に偏るか、あるいは陰謀論を持ち出すことで読み手にいくばくかの衝撃を与えるか、言うなれば小手先の技巧を使って興味をそそるように仕向けるものが多いように思われます。私自身もそうなのですが、そういった偏重や扇動、著者の恣意性に嫌気がさして、この時期の日本に触れた本を手に取ることに躊躇(ちゅうちょ)するという方も多いかもしれません。

この本が他との一線を画しつつも強いメッセージを発するのは、内容が米国の公文書という本物の史料に基づいているから、というのは誰もが認めるところでしょう。先生は米国留学中に米国政府の重要文書が全て保管されているアメリカ国立公文書館に出向き、日本の戦後に関する資料を網羅した最初の人です。

『國破れてマッカーサー』(西鋭夫著、中公文庫)

なぜ最初と言い切れるか。米国では機密文書の全面公開は30年後とされています。30年経過した日本占領に関する生の史料を入れた数十にも及ぶ箱の上には、うっすら埃(ほこり)が積もっていたといいます。指紋がついていない箱の中身は、30年後に先生を通じて息を吹き返すことになるわけですが、開封する時には「生き埋めにされている日本の歴史に対する畏敬の念」で気持ちが高ぶったと書かれています。

歴史的に重要な生資料だけで「話」を進めてゆくように努力した-そう指摘されているように、「はじめに」と「おわりに」を除いて恣意性を極力排除した筆致が続きます。抑制の利いた文章であるにもかかわらず生の史料が訴える力は強いものです。てっきり筆者の主張のように受け取っていたことが、実は読み手である自分の思いが反映されての錯覚だったという箇所を、何度となく読み返すうちに気が付きます。

叩上げディーラーに教わった"耳を塞ぎたくなるような真実"

私がディーラーとしての道を進むことを決意して、転職した先の外資系銀行で出会った叩上げディーラー(今でも現場で第一線におられますので、性別・国籍も含めご本人のプライバシーに関わる記載は避けます)の方に、沢山のことを教えてもらいました。

時にそれは耳を塞ぎたくなるような真実だったりしたわけですが、「この世界で生き残りたいなら現実を、そして真実を直視しろ」、そう教えてもらったような気がしています。相場で勝つためには日本発の日本経済への偏った見方を変えなければならいこと、日本の一般の経済分析が変調をきたしているのは、大もとを辿れば実は日本の置かれた歴史的背景にあるということ、相場の動きを見ながら折に触れさまざまなことを教示してくれたものです。

中でも印象的だったのは「日本は米国の戦利品」「勇猛果敢な日本を無力化することこそが米国の目的」さらには「イラク占領の指針となっているのは日本占領」などなど、いささか過激な内容のものでした。しかしながら、この歴史的背景の部分を理解していないと、変動相場制以降徐々にドル高に進んだ後になぜ急激なドル安に見舞われるのか、日本政府が為替介入と称して国民の資産を使い、減価するのが明らかな米ドルをなぜ大量に購入するのか、その根本的な理由がわからない―。

米国の公式見解で"日本の無力化"など出てくるのだろうか - その疑念が払しょく

西先生も、外銀での同僚も反米・親米どちらでもありません。私自身も米国で生活をした実体験があるだけに一般の米国民に対しては親愛の情を持っていますし、過去に遡るほど為替介入の実績などを封印している我が国に比べれば、機密書類の全面公開に踏み切る米国の懐の深さ、公平さには敬意を表しています。

「とはいえ、米国の公式見解で日本の無力化などが出てくるものだろうか」、という当時の私の疑念を見事に払しょくしてくれたのが「國破れてマッカーサー」であったわけです。

「原爆について書くことは日本人の報復心を煽る結果になる」

少しだけ内容を紹介すると、例えば、戦争終結のためにはいたしかたなかったとされる原爆投下について。

ロバート・リフトンは、Death in Life: Survivors of Hiroshima (『生きながらの死-ヒロシマの生存者たち』1967年)の中で、「原爆に関する検閲は、原爆について書くことは日本人の報復心を煽る結果になるとの恐怖心が大きな動機になっていた。だが、原爆の破壊力のあまりの物凄(ものすご)さをみて、アメリカ人が困惑し自責の念にかられたことも、原爆を検閲の対象にさせた」との見解を述べた。

アメリカが原爆について、いかに神経過敏になっていたかを示すものとして、1947年4月に行われた広島市長選で、ある候補者がラジオで話をしている途中に、GHQが放送中止を命令した事件があげられる。その候補者が原爆について肯定的なことを言わなかったからだ。

教育制度を占領遂行の「道具」と言い切る電報が存在、真実の直視は重要な指針

日本政府は蚊帳の外のまま、日本再軍備の必要性を説く国防省(ペンタゴン)と反論するマッカーサー、1950年の日本のGNP3兆9,470億円のうち1/3を占めた朝鮮戦争特需。占領行政の中で優先されたのは日本の教育制度の再建ですが、その教育制度を占領遂行の「道具」と言い切る電報の存在など、次々飛び出す事実には誰もが驚き、その延長線上に今の日本があることにあらためて気が付くはずです。

こうした内容は好むと好まざるとにかかわらず広く世に知られる必要があると思いますし、今の日本を包む閉塞感が何に起因しているのか、その手掛かりにもなるでしょう。相場取引でも、国の進む道でも、我々が的確な判断を下さなければならない状況に直面した際に、真実の直視は非常に重要な指針になると思われます。

CIAが西氏をエージェントとしてスカウト、出した答えは「No」

最後に打ち明け話を少々。無条件降伏ならぬ「無条件民主化」と題された英語の論文「Unconditional Democracy」がこの本の原文ですが、米国での発表後に米国の対外諜報活動機関であるCIAが先生をエージェントとしてスカウトにきたそうです。諜報部員となれば夢のような生活? が待っていたわけですが、米国籍となる項目も含んだ契約書にサインを求められた先生は沈黙。出した答えは「No」でした。CIAの誘いを断るなど前代未聞の出来事だったのでしょう、スカウトも慌てふためき理由を問いただします。

「ここで自分の国を裏切るものは、将来お前の国も裏切る、そんなやつを雇う気なのか」

この言葉に当のCIAのスカウトが涙したそうです。それから2年間CIAからのオファーを断り続け、「real last Samurai」の異名を持つ先生です。以下は、先生から頂戴したお言葉です。

「平成は、昭和の初めではありませんので、物書きのプロは、プロのプライドを持って『真実』を武器にして戦うのです。敵はすくんで、逃げております。」

"最後のサムライ"を前にわたくしも身が引き締まる思いがしました。そして物書きのプロとして背中を押していただいたと受け止め、執筆に勤しみたいと思っています。

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執筆者プロフィール : 岩本 沙弓(いわもと さゆみ)

金融コンサルタント、経済評論家、経済作家。大阪経済大学 経営学部 客員教授。1991年東京女子大学を卒業し、銀行在籍中に青山学院大学大学院国際政治経済学科修士課程終了。日、米、加、豪の大手金融機関にて外国為替(直物・先物)、短期金融市場を中心にトレーディング業務に従事。その間、国際金融専門誌『ユーロマネー誌』のアンケートで為替予想部門の優秀ディーラーに複数回選出される。現在は、為替、国際金融関連の執筆・講演活動の他、国内外の金融機関勤務の経験を生かし、英語を中心に私立高校、及び専門学校にて講師業に従事。新著『世界恐慌への序章 最後のバブルがやってくる それでも日本が生き残る理由』(集英社)が発売された。