もっと前にこのコラムで取り上げようと思っていたのですが、年明け早々いろいろとトピックがありすぎて、すっかり時間が経ってしまいました。新鮮味が薄れてしまい、「もう知ってるよ」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、そこは少し目つぶっていただいて…、年明けに海外で話題となっていた日本についてのお話です。
フィングルトン氏が分析した「失われた20年」の真の姿
2008年のノーベル経済学賞を受賞したポール・クルーグマン氏ですが、現在はニューヨーク・タイムズ紙でコラムを担当しています。1月9日付になりますが、登場したのが「Japan, Reconsidered(日本、再考)」です。
A number of readers have asked me for an evaluation of Eamonn Fingleton's article about Japan. Is Japan doing as well as he says?
(エーモン・フィングルトンの日本に関する記事をどう評価するか、と多くの読者に尋ねられた。日本は彼が言うほどそんなにうまくいっているのか?)
ここで指摘されているエーモン・フィングルトン氏の記事というのが「The Myth of Japan's Failure(日本の失敗についての神話)」です。
失われた数十年と言われ続けてきた間も、日本経済は実は上手くやってきたのではないか。少なくともサブプライム危機以降、中間層の没落が激しい今の米国よりはずっとマシだろう、という内容です。東京の様子を日本の姿として語るのはいかがなものかと思いますので、各論は少々無理な点があるにしても、総論においては的を得た記事と言えます。
日本の住宅価格も株価もピーク時には遠く及ばないが、しかし経済誌面などで笑い草となっている日本のイメージと実際の様子は随分違っている。この20年で変化したこととして、
(1)平均寿命:78.8歳から83歳まで4.2年伸びた。日本人の食事は以前よりもずっと欧米化しているので、要因は食事ではない。医療が鍵である。
(2)インターネットのインフラ:インターネット回線の速度 (通信速度)の最速都市TOP50のうち、38都市は日本だった。米国は3都市のみ。
(3)通貨:1989年末時点に比べて、日本円は対米ドルでは87%、対英ポンドでは94%も価値を高めただけでなく、昔から通貨の世界では優等生とされてきたスイスフランに対してまでも円は上昇している。
(4)失業率:日本の4.2%は米国の半分。
(5)建築:500フィート(152.4m)以上の高層ビルが東京では81棟建設された。N.Y.64棟、シカゴ48棟、L.A.は7棟。
(6)経済:日本の2010年の経常黒字は1960億ドルで1989年時点の金額の3倍。かたや米国の経常赤字は990億ドルから4710億ドルに膨張。中国の躍進で勝者は米国、敗者は日本になるといわれてきたが、実際には日本の対中輸出は1989年の14倍以上に増え、日中の二国間貿易は均衡を保っている。
(7)その他:整備が整った空港、小綺麗(質がよいのも含め)な服装、ポルシェ、アウディ、ベンツなど勢揃いした最新の車、甘やかされているペット、最新機能付きモデルが次々と登場する携帯、などなど
米国からしてみれば日本はGDPなどの経済的な数字で比較すると「敗者」と位置付けられますが、さぞかし疲弊しているのだろうと思ってやってきた渡航者が実際の東京の様子を見ると愕然とするわけです。
日本が"敗者"であるというのは、「よく言えば神話、悪く言えば作り話」
ミシュランで最高ランクを獲得した数で言えば日本が16店、本場であるフランスが10店と二番手に甘んじている状況をGDPではどうやって説明すればいいのか? そして医療制度の充実ぶりなども含め、どうしたら日本の状況を正確に伝えられるのだろう、と疑問を投げかけています。
日本経済が実は成功していたその背景の1つとして、いわゆる通常の製造業からは早々に脱却して、高品質な製品作りに資本や技術を注入したことが貿易収支の増加にもつながっていることをあげています。日本が「敗者」であるというのは、よく言えば神話、悪く言えば作り話であり、むしろ日本経済を理想的なモデルとして見習うべきなのではないか、というのが結論です。
「負けたフリ」をして外圧をかわしてきた!?
そして、なぜこれほどまでに日本は駄目だと言われ続けたのか、あるいはそういったイメージが定着してしまったのか。意図していたかどうかは別として、実は「負けたフリ」をして外圧をかわしてきたのではないだろうか、という憶測もあり興味深いところです。さすがの米国も「落ちた巨人」を足蹴にするなどということはしない、それは米国高官としての誇りが許さない、のだそうです。そういう意味では実は日本の外交も失われた20年間、ある意味では成功していたのかもしれません。
これに対して、クルーグマン氏の評価はというと「No」、つまりフィングルトン氏が指摘するほどよくはない、とのご意見です。しかし、日本の斜陽は誇張されすぎ、という点については正しいと認めています。
ところで、日本の経常黒字と米国の経常赤字を取り上げた部分の反論としてクルーグマン氏は、「current account surpluses aren't necessarily a sign of success.(経常黒字が必ずしも成功の印しではない。)」と述べています。
最近は日本の経常収支の赤字転落への不安があるようですが、ノーベル経済学賞を取られた御仁の言葉を読んで少しは安心されるでしょうか。
黒字・赤字は単なるプラス・マイナスの符号です。そういう意味では黒字がよくて、赤字が悪いという議論は成り立ちません。問題は赤字にしても黒字にしてもその中身ですが、こと日本の経常収支に関しては赤字になることは考えにくく、中身も1つの懸念材料を除いては特に心配はありません。経常収支についてはあらためて解説できればと思います。日本の実体経済は力強いというのは以前から申し上げていることですが、ここに来て海外からの評価も格段に上がっている、というのが実情です。
執筆者プロフィール : 岩本 沙弓(いわもと さゆみ)
金融コンサルタント、経済評論家、経済作家。1991年東京女子大学を卒業し、銀行在籍中に青山学院大学大学院国際政治経済学科修士課程終了。日、米、加、豪の大手金融機関にて外国為替(直物・先物)、短期金融市場を中心にトレーディング業務に従事。その間、国際金融専門誌『ユーロマネー誌』のアンケートで為替予想部門の優秀ディーラーに複数回選出される。現在は、為替、国際金融関連の執筆・講演活動の他、国内外の金融機関勤務の経験を生かし、英語を中心に私立高校、及び専門学校にて講師業に従事。