2012年2月末になりますが、2012年3月期の上場企業の株主への配当が前期比3%増えて、3年ぶりの高水準となる見通し、というニュースが伝わってきました。

円高によっても企業業績は悪化してはいない

昨年は東日本大震災やタイ洪水などの自然災害がありました。夏には米国の債務引き上げ問題、後半には欧州債務問題と世界的な経済危機の一歩手前か、というような事態にも見舞われました。そんな中で円は対ドルでの戦後最高値の更新があり、高値水準で止まっていた経緯があります。こうした状況が続いたため、日本の製造業の存続は危機に瀕している、というのが通説です。ですから、2012年春闘の話が伝わって来たときも、連合の給与総額1%の引き上げ要求に対して、経団連は定期昇給凍結までをも示唆していました。つまり、こんなに厳しい経営環境なのだから、給料のベースアップも、定期昇給の実施も到底無理ということです。これだけを取り上げれば、さぞかし企業業績も悪いのだろうと思ってしまいます。しかし、実際には株主に増配できるぐらいですから、円高によっても企業業績は悪化してはいないのです。

もう少し増配についての内容を補足しておくと、東証に上場している企業は約3,600社ありますが、そのうちの7割に及ぶ2,415社を対象にした集計によると、減配する企業は13%であるのに対し、増配企業は21%と上回ってます。純利益(法人税などの税金を支払った上での企業の純粋な利益)の見通しが減っている企業1,052社に限ってみても、約8割の企業が配当を変えない、あるいは増額と回答しているそうです。つい先日もエルピーダメモリが会社更生法の適用を申請し、家電大手の赤字計上の話題が新聞紙面を賑わせてはいますが、上場企業全体としてみればしっかりと配当をするつもりのようです。

企業が増配できるほど儲かっているのであれば、雇用者の給与を上げ、雇用を確保してくれた方が、日本経済全体にとっては安泰です。非正規労働などではなく、安定した正規雇用を増やして、給与を上げてくれれば、皆安心してお金を使おうという気持ちにもなります。デフレの解消にも大いに役立つでしょう。しかし、企業側は人件費をコストと捉えてその削減強化の姿勢を崩していません。企業の収益を設備投資に回したり、人件費として支払って広く富の分配をしてくれなければ、国内の経済活動が低迷してしまうのは当然です。今のところ、企業が儲かってもその恩恵を受けているのは企業経営者とその株主だけ、ということになります。

上場企業の株主はいったい誰?

本当に企業が儲かっていなければ、増配などできませんし、儲かっていないのに増配をするならば株主に気を遣っていることになってしまいます。そこで上場企業の株主はいったい誰なのだろう、という疑問が沸いてくるかと思います。上場企業の株主については東京証券取引所が掲載している「株式分布状況調査」の中の「長期データ」をみると1970年度からの推移がわかります。

投資部門別株式保有比率の推移

金融機関、事業法人、といった国内の投資家が保有比率を落とす一方で、外国人投資家の保有比率が特に1997年頃から増え始め、2003年を境にして一段と伸びています。1997年は山一證券、三洋証券、北海道拓殖銀行の経営破たんがあり、金融恐慌の様相を呈していました。2003年は「代行返上」という言葉が毎日のようにメディアに登場していた頃です。企業年金制度の中には厚生年金基金があります。この基金では本来は国が管理しておく年金資産を、各企業が国に代わって管理していたのです。その資産を国に返すことになったのが「代行返上」でした。原則として現金で国に返すことを求められたので厚生年金基金は保有していた株をその時に大量に売ったという背景があります。日経平均は7,600円台まで低下しましたが、そこで日本企業とバトンタッチして日本の株を購入したのが外国人投資家だったということがデータからは読み取れます。2010年の外国人投資家の持ち株比率は26.7%となっています。

「歴史的円高」は、賃金抑制の材料に使われている部分が大きい

「外国人ファンドなどアクティビスト(モノ言う株主)の増加を背景に、企業のガバナンス構造が『株主寄り』に変化したことが、人件費の抑制につながっているのではないか」という指摘が日本銀行ワーキングペーパーシリーズ「賃金はなぜ上がらなかったのか?-2002年~07年の景気拡大期における大企業人件費の抑制要因に関する一考察-」でもされています。法人年報における大企業の人件費と配当金の推移をみると2000年頃から2006年度にかけて配当金が急増する一方で、人件費は横ばいであることを取り上げて、こうした株主構成の変化が、経営に対する監視を強め、従業員の取り分である労働分配率の低下をもたらせた可能性が高い、とする内容を含んだレポートです。

今後発表となる企業業績がよければ「歴史的円高」は雇用者の賃金抑制の材料に使われている部分が大きいと言えるでしょう。そして、企業経営者側もモノ言う株主に窮しているものと思われます。「失われた20年」と呼ばれる間、日本は世界最大の債権国でした。世界一のお金持ちであるにもかかわらず国民が広くそれを実感してこなかった事実があります。その要因の1つにはこうした株主優先の企業の欧米型経営があげられるのではないでしょうか。

会社は誰のものなのか。株主や経営者だけではなく、そこで働く人、下請けの会社、さらには会社が属している社会全体のもの、という側面もあるのではないか。収益を上げていないならしょうがないです。しかし収益が上がっているならば、社会に還元すべきではないか。デフレ解消のためにも、社会全体の底上げをも期待できるような成長企業に今後誕生してもらうためにも、企業はどうあるべきなのかということを国民全体で考える時が来ているのだと思います。

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執筆者プロフィール : 岩本 沙弓(いわもと さゆみ)

金融コンサルタント、経済評論家、経済作家。1991年東京女子大学を卒業し、銀行在籍中に青山学院大学大学院国際政治経済学科修士課程終了。日、米、加、豪の大手金融機関にて外国為替(直物・先物)、短期金融市場を中心にトレーディング業務に従事。その間、国際金融専門誌『ユーロマネー誌』のアンケートで為替予想部門の優秀ディーラーに複数回選出される。現在は、為替、国際金融関連の執筆・講演活動の他、国内外の金融機関勤務の経験を生かし、英語を中心に私立高校、及び専門学校にて講師業に従事。