――現在、ゴールデンタイムで『バカリズムのちょっとバカりハカってみた!』を演出されていますが、『ありえへん∞世界』での経験は生かされていますか?

そうですね。ゴールデンというのは本当に難しいものだとしみじみ思いますが、間違いなく生かされています。あそこでの学びがなかったら、今ゴールデンの番組をやれてはいないだろうなと思います。逆に、深夜のフェイクドキュメンタリーのような番組は、学んだというより自分の好きなものをたまたま形にできたという感覚の方が強いですね。

そこで痛感したのは、そういう「架空の文脈の面白さ」は、ゴールデン帯の層には全く響かないし、見てもらえないということ。誰もが素直に気になる疑問を提示して、最後までチャンネルを変えさせないテーマに真剣に挑む方が、ゴールデンとしてのやりがいがある。最近、水曜9時の枠は長尺のVTRが数字を取りやすい傾向にあるので、長尺に耐えうる強い取材対象を見つけようとチャレンジしていますね。

――そうすると、深夜でやられているフェイクドキュメンタリーをゴールデンでもやりたいという気持ちは?

23時台くらいまでですかね、細かいですけど(笑)。ゴールデンでやると、どうしても「驚かせること」が主目的になってしまいそうで。それよりは、フィクションとしてちゃんと面白いものをつくりたいという気持ちが大きいです。

――大森さんにとって、ゴールデンと深夜番組の位置づけは?

深夜番組は、自分が面白いと思うものを作って、一部の人にでも強烈に刺さればいいという意識で作っていますが、ゴールデンは自分の好みよりも、より多くの人が興味のあるものを探って、誰一人取りこぼさないぞという覚悟で作っています。だから、語弊があるかもしれませんが、自分の感情や趣味嗜好とは完全に切り離して作っています。

でも、それが嫌かというとそうではなく、むしろ、自分の中でセラピーのような効果があると思っています。フェイクドキュメンタリーのような、自分が本当に面白いと思うものだけを作り続けて根を詰めるというのは、それはそれでメンタル的には悪影響だと本当に思っているんです。自分の好きなことだけをやり続けて、その好きなものにつまずいた瞬間、急に羅針盤を失ってしまう。“中年の危機”というのは、そういうところが原因なんじゃないかと勝手に思っていて。自分の主観に関係なく、広く届くものを作るということ自体が行動理由になってくれるので、それは逆に自分を支えてくれている感覚もあります。

  • 『TXQ FICTION』

    『TXQ FICTION』

“しゃばい”ものも“しょぼい”ものも作りたくない

――『TXQ FICTION』では、リアルな展示会(『恐怖心展』『行方不明展』)と放送を連動させるユニークな試みをされています。この発想はどこから?

正確に言うと、最初からセットで企画したわけではないんです。まず『恐怖心展』の開催が決まり、同時期に『TXQ FICTION』の放送枠があることが分かったので、テーマ性を結びつけると、相互補完が生まれるんじゃないかと。

というのも、僕は、“しゃばい”ものは作りたくないけれど、同時に“しょぼい”ものも嫌なんです。これはよくPodcasr奇奇怪怪のTaiTanさんが言っていることなんですが。

――「しゃばくもなく、しょぼくもない」。

今の時代、コンテンツはそのどちらかに極端になりがちです。たとえばTikTokのショート動画やYouTubeのサムネイル至上主義のような、表現としては「めちゃくちゃダサいけれど、とりあえず数字は回るしみんな見ちゃう」という“しゃばい”もの。一方で、一部の熱狂的なサブカル層には「超カッコいい」と絶賛されているけれど、世間の99%は存在すら知らない“しょぼい”もの。

だから、間口を広く、あまねく多くの人にアプローチする『恐怖心展』のような展示と、ディープでコアな作り方をする『TXQ FICTION』を接続させるのが面白いかなと思ったんです。両極が持つ「しゃばさ」と「しょぼさ」の危険性を打ち消し合って、相互に補完し合うことができたらいいな、という思いがありました。

――大森さんは現在、コアな層向けの深夜番組と、大衆向けのゴールデンの番組、そして赤ちゃん向けの番組と、異なる層に向けた番組を作っています。その中で共通して意識していることはありますか?

本当に「真剣にやる」ということかもしれません。テレビは、結構手を抜きやすい。ある程度フォーマットや型が決まっているので、それっぽく完成させること自体はすごく容易にできてしまう。番組を見ていると、「ここで手を抜いたな」と思う瞬間が結構あるんです。ここで詰め切らなかった、ここで諦めた、と。それは必ずしもその人が怠惰だったからというわけではなく、演者側の都合や会社側の都合、あるいはコンプライアンス的な理由で無理になった、という場合もあると思いますけど、そういう瞬間はやっぱり見ていて分かりますし、それがあると全体が損なわれるような感覚になります。

そこをいかに減らせるかということが仕事なんだろうなと勝手に思っていて、AD時代の「恥をかきたくない」という話と近い部分もあるのかもしれません。自分以外がどうでもいいと思っているポイントでも、自分が気になると思ったらそこは詰めることが大切だというのは、どの仕事、どの番組においても共通していると思っています。

  • TXQ FICTION『イシナガキクエを探しています』

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