テレビ解説者の木村隆志が、先週注目した“贔屓”のテレビ番組を紹介する「週刊テレ贔屓(びいき)」。第40回は、6日に放送された『さんまのお笑い向上委員会』(フジテレビ系、毎週土曜23:10~)をピックアップする。

「向上長・明石家さんまと向上委員会のメンバーが、ある芸人を次のステージへ向上させる方法を考え、お笑い界のさらなる高みを目指す!」というコンセプトの番組だが、そのムードは「笑いのためなら何でもアリ」の戦場。台本度外視のアドリブ合戦や、さんまの独断ですべてがひっくり返るなどのカオスな空間がお笑いフリークにウケている。

ただ、当初から一般視聴者の中には「大声でうるさいだけ」「お約束の団体芸は古い」「先輩のごきげん取りに見える」などの厳しい声も多く、ネームバリューに見合う結果や評判につながっていないのも事実。3年半が過ぎた今、タイトル通り、番組は向上しているのか?

オープニングからお約束の団体芸を連発

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明石家さんま

番組開始直後、この日の見どころを集約した1分あまりのあおりVTRが流れる。扇情的なナレーションとテロップに、過去番組の映像あり、インサートカットあり、『ザ・ノンフィクション』のテーマ曲ありと、こだわりがてんこ盛りだ。

第163話のテーマ「今夜パパ頑張るよ」が発表され、さんまがスタジオ入り。全員立ち上がっての拍手で迎える中、「本番まで3、2、1……」スタッフのカウントダウンがはじまった。いかにも「何かがはじまるぞ」というドキュメントタッチの演出であり、番組のファンにとってはワクワク感がピークに達する瞬間だろう。

さんまがオープニングトークに選んだのは、裏番組の『オールスター感謝祭』(TBS系)。「(『感謝祭』前司会者の島田)紳助が辞めたとき、『俺や』と思ったら今田(耕司)に切り替わった。あれ、オレやろ?」というボケに、土田晃之が「もうよくないですか? 今田さんで定着していますよ」、石田明が「あれ、さんまさんがやったらクイズ1問くらいしかできませんよ」と立て続けにツッコミを入れた。さらにスタッフが、「明石家さんま 芸風 感謝祭殺し」のテロップでフォローする。

自分のキャラを生かすさんまはもちろん、ツッコミを入れる芸人たちにとっても、定番の流れだけに安定感十分。ただ、こうしたお約束の団体芸が苦手な視聴者は、早くもチャンネルを替えたくなってしまうだろう。その意味では、「お約束の団体芸が嫌いな視聴者とは、オープニングの段階で、あえて一線を引いている」という見方もできる。

今田ら『オールスター感謝祭』に出演中の芸人がいないため、「本日はエース不在」と嘆くさんま。すると飯尾和樹が、「(スベったときに)派手な葬儀よろしくお願いしますよ」と返して笑わせた。さらに、ゆりやんレトリィバァが前へ出てきて「本日のエース」に名乗り出るが、ギャグは大スベリ。さんまが「最初から死んだらアカンねん」とツッコミ、スタッフは「開始5分で出棺」のテロップを出した。

このくだりは、いわゆる「フリ、オチ、フォロー」の型にきちっとハメた笑いの基礎であり、スタッフの意図を感じる。もしかしたら「ただのフリートークに見えるかもしれないけど、ここは絶対に外さないぞ」という矜持かもしれない。当番組を見ていると、芸人たち以上に「オレたちはブレないぞ」というスタッフの意地を感じる。

あくまで司会者と出演者の関係性

続いて、さんまの「不幸な場所が似合わない」というお題の漫談がはじまった。村上ショージ、ジミー大西、Mr.オクレと4人で、ある葬儀に参列したとき、「ジミーの足がしびれてズボンが脱げ、下半身まる出しになってしまった」というのだ。

これを聞いた芸人たちは手を叩いて大爆笑。「先輩・明石家さんまのトークに後輩芸人たちが爆笑する」という上下関係のニュアンスが苦手な視聴者は、ここで突き放されてしまう。たとえば、『踊る!さんま御殿!!』(日本テレビ系)と比べれば、その頻度が多いことは明らかだ。

事実、同番組には「接待ぶりが見苦しい」「芸人間のパワハラ」などの批判も少なくないが、ちょっと待ってほしい。そもそも当番組は、明石家さんまによる明石家さんまのためのショー。「司会者・さんまが、出演者・芸人たちの芸やトークをどう切り返すか」を楽しむ番組であり、芸人の上下関係を重視していない。少なくとも芸人たちは、芸人同士の上下関係よりも、司会者と出演者の関係性を重視しているだろう。

実際、今回のメインゲスト的な立ち位置のマシンガンズ・滝沢秀一が著書をアピールしたが、さんまは「本を逆さまに読む」というボケで返した。すると、千原ジュニアの「今週さんまさんとお会いするのは3回目なんですけど、今日が一番おもろいわ」を皮切りに、「やっぱり!」「さすが!」などのガヤを連発。その光景は、司会者のキャラをベースに番組を作っていた80年代のバラエティに近いが、当時ブレイクしたさんまの番組なのだから、当然なのかもしれない。

続いて、ホスト芸人・わっしょい中村とマシンガンズ・滝沢がネタを披露し、ジュニケン(堀内健&千原ジュニア)が即興コントを見せた……が、いずれもグダグダ。芸人たちとスタッフの楽しそうな様子は伝わってきたが、問題はこれを視聴者がどう見ているかだ。

YouTube世代にもいつか響くはず

往年のテレビ好きやお笑いフリークたちは、「これぞバラエティ」「80年代のオマージュ」という目で見て楽しめるのではないか。しかし、それ以外の視聴者層、特に過去の番組やお約束の団体芸を知らない人、あるいは、「知ったこっちゃない」という人は笑えないだろう。

「好きなときに好きなものを見られる」というオンデマンドの時代に、自分以外の人に向けて作られたものをわざわざ選ぶ人は少ない。「続けてさえいれば1周回って多くの人々に届くはず」という考え方もあるが、それはテレビマンの希望的観測にも見える。

若年層がYouTuberの短尺動画を好んで見るように、嗜好が細分化した今、最大公約数となり得るのは、シンプルなコンテンツに限られつつある。だからこそ、当番組は現在のスタンスで放送を続け、「形が変わらないものを愛でる」伝統芸能のような存在にまで行きついてほしい。少なくとも「新しい笑いを作る」のではなく、「すでにある笑いを守る」番組である以上、たとえば「YouTuberが一番おもしろい」と思っている学生が10年後に当番組の魅力に気付く可能性はあるだろう。

スタートから16分が過ぎてようやく「ゲスト向上芸人」のインパルス・板倉俊之が登場する展開、終始やまない芸人たちのガヤ、画面の3角に表示されたテロップ…。テレビ好きでもお笑いフリークでもない人にとっては、どういう見方をすればいいのか? 誰に焦点を当てて見たらいいのか? 分からないかもしれない。

ただ、そういう人でも「やかましい」ムードを感じ取ったはずであり、すなわちそれは明石家さんまの芸風そのものだ。「63歳になってなお、やかましい」という元気な先輩に、そこまで元気ではない後輩たちが食らいつこうともがく姿は、一歩引いて見れば、シュールであり、微笑ましくもある。

次の“贔屓”は…「年8回放送」の特番がついにレギュラー化『ポツンと一軒家』

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『ポツンと一軒家』林修(左)と所ジョージ

今週後半放送の番組からピックアップする"贔屓"は、14日に放送される『ポツンと一軒家』(ABCテレビ・テレビ朝日系、毎週日曜19:58~)。

衛星写真で発見した「人里離れた場所にポツンと建つ一軒家」を捜索するドキュメントバラエティで、「どんな人が、どんな理由で暮らしているのか」という好奇心に加え、道中で出会う地元住民との交流など、ハートフルな人間模様が魅力となっている。

特番として初めて放送されたのは、昨年10月22日。それからわずか1年の間に計8回も放送され、今秋からレギュラー化されたばかりだけに、その勢いは本物なのか? じっくり見ていきたい。

■木村隆志
コラムニスト、テレビ・ドラマ解説者。毎月20~25本のコラムを寄稿するほか、解説者の立場で『週刊フジテレビ批評』などにメディア出演。取材歴2,000人超のタレント専門インタビュアーでもある。1日の視聴は20時間(2番組同時を含む)を超え、全国放送の連ドラは全作を視聴。著書に『トップ・インタビュアーの聴き技84』『話しかけなくていい!会話術』など。