本連載の第115回では「何のためのDXか」と題し、DX(デジタルトランスフォーメーション)を進める際に、よくある落とし穴についてお話をしました。今回はDXに関連し、デジタル化が必ずしも効率化に繋がらない理由をお伝えします。

コロナ禍に伴うテレワークの推進やDX(デジタルトランスフォーメーション)の流行りを受けて、多くの企業が業務のデジタル化に舵を切っています。これまでずっと紙と電話、FAXでやり取りをしてきた企業の中で、重い腰を上げて急ピッチでデジタル化を推進するところが増えたと実感しています。この流れは歓迎すべきことであり、大いに進めてもらいたいと個人的には思っています。

その一方で、デジタル化を絶対的な「善」として盲目的に進めようとすることで弊害が起きているところもあるようです。実際、デジタル化を推進する担当者との会話の中で「紙=悪、電子データ=善」という単純な二元論に陥っていると感じることがあります。

確かにデジタル化には多くの利点があります。物理的なスペースを節約できたり、遠隔地の人との情報共有が瞬時にできたり、それによってテレワークが可能になったりと、紙に勝る点が目立ちます。

それでは全ての紙の使用を廃止し、電子データのみを扱うようにするべきかというと、そうとは限りません。紙には紙の利点があるので、それを踏まえた上でデジタル化するべきかどうかを検討しましょう。

それでは、電子データより紙の方がよいのはどのようなケースにおいてでしょうか。以下、例を挙げてみます。

目視による確認作業

会議で使用する大量の資料。事前にパソコンのモニターで何度も誤字脱字をチェックして問題ないことを確認済。さらに上司によるダブルチェックも終えて印刷し、いざ会議で資料を配布しようとした矢先に誤字を発見! そんな経験はありませんか。

どうやらパソコンやスマホ等のモニターより紙の方が間違いに気が付きやすいのは、「反射光」と「透過光」の違いに起因するようです。紙に印字された情報を読む時、すなわち反射光で文字を読む際には人間の脳が「分析モード」になり、情報を1つずつ集中的してチェックできます。一方、モニターに映し出された情報を読む時、すなわち透過光で文字を読む際には脳が「パターン認識モード」になり、細かい部分を無視しながら全体を把握しようとすることで、細かい間違いに気が付きにくくなるということです。

これを踏まえると、顧客に提出したり重要な会議でのプレゼンに使ったりする重要な資料の誤字脱字などの誤りを徹底的にチェックする際にはモニター上だけで完結せずに、紙に印刷して再度チェックした方がよいということになります。

複数の資料の同時参照

複数のWebサイトとPDFファイル、エクセルファイルの情報を参照しながらパワーポイントファイルに情報を入力する。複数のウィンドウを高速で切り替えながら情報を参照すればできないことはありませんが、何度も切り替えるのに手間と時間がかかってしまうということはあるでしょう。

大画面のモニターや外付けで複数台のモニターをデュアルディスプレイとして使用できる環境ならば何の支障もなく作業を進められるかもしれませんが、ノートパソコンに搭載された小さなモニターしか使えない環境では作業が滞ってしまうのも無理はありません。

このような時には、それぞれの情報を紙に印刷して机に並べて参照した方が、作業が捗るのは当然のことです。同じモニターに同時に投影できる情報量を超える場合には、紙の活用を無理にやめる必要はないでしょう。

なお、参照する情報が1つか2つ程度であれば、Windowsのアプリケーション切替ショートカットキー(Alt + Tab)を使って素早くウィンドウを切り替えることができるので、慣れれば十分に対応可能であることを補足しておきます。

紙資料へのメモ、イラストや図などの追記

既に印刷してある紙の資料にちょっとしたメモをつけ足す、大事な部分に赤線を引いて目立たせる、簡単なイラストや図を書き込む。こうした作業についてもデジタル化することは可能です。紙をスキャンして電子化し、Adobe Acrobat Pro DCなどのソフトで書きこめばよいのです。ですが紙にそのまま追記するのと比べると、却って手間と時間がかかってしまいます。

このような作業については無理にデジタルデータで行おうとせずに紙のまま残した方が効率的です。メモなどを追記した資料について、もしどうしてもデジタルデータとして共有したい場合などは追記が完了してからスキャンしたり写真で撮ったりしてデジタル化してから共有するのが得策でしょう。

以上、デジタル化すると却って作業効率が落ちる可能性の高いものをお伝えしました。デジタル化自体を目的にするのではなく、効率を最大にするためにデジタル化すべきところとアナログのまま残すところをしっかりと見極めましょう。