いまなお昭和の雰囲気を残す中央線沿線の穴場スポットを、ご自身も中央線人間である作家・書評家の印南敦史さんがご紹介。喫茶店から食堂まで、沿線ならではの個性的なお店が続々と登場します。今回は三鷹にある「グラバー亭」です。

  • 長崎ちゃんぽん・皿うどん「グラバー亭」(三鷹)(写真:マイナビニュース)

    三鷹駅南口から歩いてすぐ

三鷹で味わう、本場長崎ちゃんぽん・皿うどん専門店

かつて10数年、三鷹に住んでいました。隣の吉祥寺までは自転車ですぐだし、総武線と地下鉄東西線は始発だし、静かで自然も多いし、なにかと暮らしやすい街でした。

僕のいた南口は中央通りという商店街を中心に発展しており、近隣にはチェーン店のみならず、個人経営の飲み屋、食べもの屋、中古レコード屋なども多数。ですから利用価値が多く、いろいろな意味で重宝しておりました。のですが、その一方には反省点も。

長く生活していると、よく行く店って、なんとなく決まってきちゃうじゃないですか。しかしそうなると必然的に、「気にはなってるんだけど、まだ行ったことがない」店も出てくるわけです。

だから、いつまでたってもそういう店に行く機会ができなかったということ。しかも、そうこうしているうちに引っ越すことになったので、結局は行かずじまいのお店が何軒か残ってしまったのです。

たとえばそのいい例が、長崎ちゃんぽん、皿うどんの専門店「グラバー亭」。僕が三鷹に住み始めた1990年代前半には、すでに老舗っぽい雰囲気を醸し出していたお店です。

駅のすぐ近くだし、しょっちゅう前を通って気にはなっていたものの、なかなか訪れる機会が訪れなかったのです、特に理由はなかったんですけどね。だから、今回はここにお邪魔してみることにしたのでした。

  • 青いのれんの風合いも歴史を感じさせる

青いのれんをくぐって引き戸を開けると、手前に複数のテーブル席があり、奥には長いカウンター。思っていたより奥行きがあったので、ちょっと意外ではありました。

  • 客足が途絶えることのない店内

それにしても、思っていた以上にお客さんが入っています。お昼の混雑時を避けて14時すぎに伺ったのですが、テーブル席もカウンターもそこそこ埋まっている状態。

そして、ひとり出ていくと、またひとり入ってくる。そんな状態がずっと続いているのです。遅い時間にもかかわらず人が途切れないわけで、しかも客層は若者からお年寄りまでとても幅広い。

そんなお客さんを見ているだけでも、このお店が地元で支持されていることがよくわかりました。

皿うどんにかける……?「金蝶ソース」とは

席に着き、お店のお姉さんに「皿うどんを」とお願いしたら、ものの2、3分で出てきたので早さにビックリ。そして、そのボリューム感にまたビックリ。

  • アツアツで、いかにもおいしそうな皿うどん

餡には、エビ、キャベツ、もやし、かまぼこ、チクワ、豚肉と具材がたっぷり。カリカリの細麺との相性も抜群で、長崎のちゃんぽんや皿うどんに詳しくない僕にも、本格派であることがわかります。

  • 横から眺めてみると、さらに迫力が

さて、いただくことにしましょう。おっと、その前に、お酢をちょろっと。シャキシャキのキャベツがそうであるように、具材の鮮度も文句なし。麺も香ばしくてとてもおいしい。これは予想以上の完成度だなぁ。

なので、口のなかを火傷しないように気を使いつつも、ふと気がつけば「箸が止まらない」状態になってしまっていたのでした。

しかし、それでも一度箸を止めたことには理由があります。ふと目にした壁のメニューに、気になる一文を見つけたから。

「卓上の金蝶ソースを是非お試しください」

  • 試せと言われたからには、試さなければ

長崎では皿うどんにウスターソースをかけるらしいという話は、聞いたことがあったのです。が、かといって「うんうん、いいね!」とは思えなかったんですよね。だって、なんとなく合わなそうじゃないですか。

ただ、「ぜひ」と勧めているからには、それなりの根拠があるはず。つまり、合うのかもしれない。そう思ったので、半分ほど食べ終えてから、思い切ってかけてみることにしたのでした。

  • ちょっと不安もあったけれど……

その結果、またもや驚かされることになりました。なぜって、めちゃめちゃ合うから。

もちろん、お酢をかけただけでも十分においしいのです。もっといえば、なにもかけなくたっておいしい。でも金蝶ソースの適度な酸味が加わると、味がガラッと変わるわけです。よくいわれる「味変」ってやつですね(この表現は好きじゃないけど)。

白状すると、自分のなかでの皿うどんのプライオリティって、決して高くなかったのです。別になくてもいいとすら考えていたくらいで。

でも、以後は考え方を改めようと心に誓いました。大げさだといわれるかもしれないけれど、それほど強い説得力がグラバー亭の皿うどんにはあったのです。

帰り際に、お話をお聞きしました。お忙しそうだったので、少しだけ。

店主の新井健志さんは、地元の三鷹で育った2代目。お店ができたのは46年前で、きっかけは、お母様が長崎出身だったこと。いまでは健志さんが、その伝統を守り続けていらっしゃるわけです。

ことばにするのは簡単ですが、専門店として46年も続けるのって、決して楽ではないはず。でも、先代からの技を大切に継承しているからこそ、お客が途切れない人気店になっているのでしょう。

メニューを再確認してみれば、鹿児島の芋焼酎などもあるようだし、そのうち飲み目的で夜にもお邪魔したいものだと感じました。

  • お酒もつまみも充実

●グラバー亭
住所:東京都三鷹市下連雀3-25-8
営業時間:〔月~金〕11:30~14:30、17:30~22:30
     〔土・祝〕11:30~15:00
定休日:日曜日・第二土曜日

著者プロフィール : 印南敦史(いんなみ・あつし)

作家、書評家、フリーランスライター、編集者。1962年東京生まれ。音楽ライター、音楽雑誌編集長を経て独立。現在は書評家としても月間50本以上の書評を執筆中。『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)ほか著書多数。