連載コラム「人に聞けない相続の話」では、相続診断協会代表理事の小川実氏が、その豊富な実務経験をもとに、具体的な事例を挙げながら、相続の実際について考えていきます。


【ケース8】

5年前、母が無くなりました。

相続人は、父と私と妹。

母は、相続税評価で約5,000万円のアパートと現預金約3,000万円を所有していました。

父の強い意向で、「母の財産はすべて妹が相続し」、父が亡くなった時には、「父の財産(約1億円)を全て私が相続する」という約束をして、母の財産はすべて妹が相続しました。

当時妹は、「父が亡くなった時は、私は放棄するから」と言っていました。

最近、妹の子供が大学に入学するという事で、父に300万円ほど教育資金の援助を求め、父もそれに応じたようです。

妹と父のやり取りを見ていると、父が亡くなった時、本当に約束どおり父の財産をすべて相続することが出来るのか不安になってきました。

何か良い方法はないでしょうか?


【診断結果】

お父さんが亡くなった時に、妹さんが法定相続分の権利を主張すると、残念ながら2分の1の財産しか相続することが出来ません。

それでは約束が違うではないかと納得できない気持ちはわかりますが、「お母さんの相続」と「お父さんの相続」は、法律上は別のものです。

お母さんの相続の法定相続分は、お父さん1/2、兄1/4、妹1/4。

遺産分割において、お父さん1/2、兄1/4の法定相続分の財産をもらわず、妹がすべての財産を相続したとしても、もらわなかった兄1/4の法定相続分がお父さんの相続の時に繰り越されるわけではありません。

お父さんが亡くなった場合の法定相続分は、兄1/2、妹1/2です。

お母さんが亡くなった時の約束通り、妹が相続放棄をするか、すべての財産を兄が取得することで遺産分割協議が調えば良いのですが、妹が1/2の権利を主張すると、1/2の財産は妹に渡さなければなりません。

理不尽に思えますが、民法がその様に定めています。

妹さんもお母さんの相続の時は、「お父さんの相続は、放棄する」と思っていらっしゃったかもしれませんが、それから何年も経ち、経済状況も変わったりすると、良く起こるトラブルです。

お父さんの生前に「お父さんの相続を放棄する」と口約束していたとしても法律的な効力はない

「相続の放棄」は、被相続人の生前に行うことはできず、また、「家庭裁判所に申述」しなければいけないので、お父さんの生前に「お父さんの相続を放棄する」と口約束していたとしても法律的な効力はありません(民法第938条)。

それでは、どうすれば妹に約束を必ず守らせることが出来るでしょうか?

お父さんの財産を確実にすべて兄のものにするためには、

  1. お父さんに「すべての財産を兄に相続させる。」旨の遺言書の作成してもらう

  2. 妹に、「遺留分の放棄」をしてもらう

今からでも遅くないので、この2点を調えましょう。

「遺留分の放棄」は、相続開始前でも裁判所の許可があればする事ができる

「相続の放棄は、被相続人の生前に行う事はできません」が、「遺留分の放棄は、相続開始前でも裁判所の許可があればする事ができます」(民法第1043条)。

「すべての財産を兄に相続させる。」というお父さんの遺言書だけでも、大丈夫な気がしますが、妹が遺留分の減殺請求をすると、遺留分(法定相続分の1/2)は、妹に渡さなければいけません。

従って、「遺言書」と「遺留分放棄」をセットで行う事が重要です。

お母さんの相続の際、この2つを同時進行しながら、遺産分割協議書にサインをしていれば、心配は少なくなったと思います。

ただし、お父さんが生前に、

  1. 財産を費消してしまう

  2. 妹に財産を贈与してしまう

  3. 生命保険に加入し受取人を妹に指定してしまう

等が行われると、実質的にもらえる財産が少なくなってしまう可能性もあるので、やはり、現実的にはお母さんの相続の際、法定相続分を主張しておいた方が良かったという事もあります。

相続はいつ起こるかわかりませんし、時間が経過し経済状況や家族の心境も変化するので、本当に難しいものです。

(※写真画像は本文とは関係ありません)

執筆者プロフィール : 小川 実

一般社団法人相続診断協会代表理事。成城大学経済学部経営学科卒業後、河合康夫税理士事務所勤務、インベストメント・バンク勤務を経て、平成10年3月税理士登録、個人事務所開業。平成14年4月税理士法人HOP設立、平成19年4月成城大学非常勤講師。平成23年12月から現職。日本から"争族"を減らし、笑顔相続を増やす為相続診断士を通じて一般の方への問題啓発を促している。相続診断協会ホームページのURLは以下の通りとなっている。

http://souzokushindan.com/