連載コラム「人に聞けない相続の話」では、相続診断協会代表理事の小川実氏が、その豊富な実務経験をもとに、具体的な事例を挙げながら、相続の実際について考えていきます。


【ケース5】

「すべての財産を長男に相続させる」。

49日法要が終わり、生前父が親しくしていた弁護士が預かっていた自筆証書遺言を読みあげました。

兄は無言でうなずき、弟は無言でその場を立ち去りました。

父親の生前、兄は地元に残り父親が経営していた事業を手伝い、弟は東京に出てサラリーマンをしていましたが、数年前に父親とちょっとした口論があってから何年も実家に顔を見せていませんでした。

後日、弟は弁護士に相談し、遺留分減殺請求の訴訟を提起しました。

小さい頃は仲の良かった兄弟ですが、相続の境に互いに口を利くことはなくなり、遺留分減殺請求の裁判が決着するまでに3年の年月がかかりました。


【診断結果】

遺言を書くと有効又は書かなければいけないのは、次のようなケースです。

  1. 法定相続人以外の人に財産を渡したい

  2. 法定相続分とは異なる割合で、財産を渡したい

  3. 特定の財産を特定の人に渡したい

(1)の典型は、内縁関係の方に財産を渡したい場合です。

内縁関係の方は法定相続権を持たないため、遺言がないと財産を承継することは出来ませんので、法的な婚姻関係に無い方に財産を残したい場合には、遺言は必須です。

その他、親身になって介護をしてくれた長男の奥様などがいる場合には、遺言で感謝の言葉とともに少しでも良いので財産を渡す事をお勧めしています。

(2) 不動産や未上場会社の株式などが多い場合、法定相続分で均等に財産を分ける事は極めて困難です。

相続人である当事者間の話し合いで決めるようとすると、均等に分けられないので、争いになってしまいます。

平等に分けられない場合には、親が指定した方が子供は納得するものです。

(3) (2)と同様、不動産は収益性が高いものやそうでないものもあり、利回りや換金性の高い財産は、誰もが欲しがり、活用が難しい田舎の不動産などは、誰もが敬遠します。

相続人である当事者間で話し合いで、決着をつけることは非常に難しいものです。

やはり、財産を誰に何をもらって欲しいかの親の意思表示があった方が子供は納得します。

「先祖代々の土地は、近所付き合いやお墓の管理も含めて長男に相続させる。東京のマンションは、次男に相続させる。その他の財産は、2分の1ずつ相続させる」

といった感じです。

財産を均等に分けられなくても、親が誰が何を引き継ぐかを決め、その理由も残す事によって、無用な争いが減ります。

遺言を書く際に注意すべき事とは?

遺言書の最大のメリットは、「相続人間で話し合いをしなくて済む」事です。

「話し合いをしない」事が、「争いの防止」になります。

この様な観点で考えると、遺言を書く際には、次の3点に注意が必要です。

  1. すべての財産を明記する

  2. 包括遺贈は避ける

  3. 遺留分に配慮する

(1)すべての財産を明記する

  • 相続人 : 長男・次男

  • 遺産 : 自宅5,000万円 現預金5,000万円

この様なケースで父親が

「自宅は長男に相続させる」

いう遺言を残すと、現預金5,000万円の分割についての話し合いをしなければなりません。

その際、長男は、「遺言にある自宅5,000万円と現預金の2分の1の2,500万をもらえるはず」と主張し、次男は、「長男は、自宅5,000万円で法定相続分の2分の1に達しているので、現預金5,000万円は自分がもらえるはず」という主張をします。

5,000万円の現預金についての父親の真意が分からず、兄弟が争ってしまい、何のための遺言だったかわからなくなってしまう事があります。

(2)包括遺贈は避ける

包括遺贈とは、「長男に2分の1、次男と3男に4分の1ずつを相続させる」という書き方ですが、結局何をもらうか話し合わなければならないので、揉めてしまう事がしばしばです。

現預金や上場有価証券など、分割が容易な財産なら良いですが、不動産や未上場会社の株式には避けるべき遺言です。

(3)遺留分に配慮する

「長男に全財産を相続させる」という遺言は、ほぼ100%遺留分の争いになります。

結局、他の相続人と遺留分について話し合いをしなければならなくなり、最も訴訟になりやすい遺言です。

遺留分に配慮した内容に変更するか、親の財産がどうしても分け難く、遺留分を満たすことが出来ない場合には、長男の財産から遺留分を渡すように指示することも良い方法です。

「全財産を相続させる」という遺言は、相続人が、配偶者と遺留分のない兄弟姉妹の場合には有効ですが、遺留分がある相続人がいる場合には、避けるべき遺言です。

遺言は、大切な家族に想いを伝える最後の手紙

遺言は、大切な家族に想いを伝える最後の手紙です。

しかし、書き方を間違えると、遺言によって、大切な家族が争い壊れてしまう事もありますので、相続に詳しい専門家と相談しながら、作成してください。

また、亡くなってから親の本当の想いを知っても子供は寂しいだけです。

遺言を書いたら、生きているうちに、大切なお子さんたちに想いと一緒に遺言の内容を伝えて下さい。

きっと家族の絆が、深く強くなります。

(※写真画像は本文とは関係ありません)

執筆者プロフィール : 小川 実

一般社団法人相続診断協会代表理事。成城大学経済学部経営学科卒業後、河合康夫税理士事務所勤務、インベストメント・バンク勤務を経て、平成10年3月税理士登録、個人事務所開業。平成14年4月税理士法人HOP設立、平成19年4月成城大学非常勤講師。平成23年12月から現職。日本から"争族"を減らし、笑顔相続を増やす為相続診断士を通じて一般の方への問題啓発を促している。相続診断協会ホームページのURLは以下の通りとなっている。

http://souzokushindan.com/