家庭、友人関係、仕事、趣味など…生活における読者の「お悩み」に寄り添う、さらには解決してくれるかもしれないドラマ、バラエティ、ドキュメンタリー、リアリティショーなど、配信サービスの映像コンテンツを、コラムニストの長谷川朋子が“処方箋”としておすすめする「長谷川朋子のエンタメ処方箋」。
第11回は、パラハラ体質の上司の態度に悩んでいる方に、Netflixドラマ『深夜食堂 -Tokyo Stories-』を処方します。
「アラフィフの上司がパワハラ体質です。言葉がキツイです。話の全部が上から目線で人を小馬鹿にしています。俺の若い頃は、あの時は、あの頃はって、自分語りが酷いです。酒癖も悪く、飲み会でダメ出し他、絡み続けます。自分が一番正しいと思っているので厄介です。他によい環境の職場があれば転職したいです」(岡山県在住・53歳男性)
「厄介です」という表現、妙に腑に落ちました。悪人でも善人でもなく、ただ厄介。それが一番しんどい。言葉がきつい、上から目線、昔話が止まらない――どれも、こちらが指摘して直るものではありません。かといって「我慢しましょう」も「転職しましょう」も、すぐには使えるものではありません。
そこで今回処方したいのが、Netflix『深夜食堂 -Tokyo Stories-』シーズン1の第2話「アメリカンドッグ」です。まさに厄介な人を描いた話ですが、どう付き合えばいいかを教えてくれるドラマではありません。ただ、見終わったあとで、面倒な人の言葉が少し違って聞こえるかもしれない。そういう一話です。
深夜の食堂で、初老の男がアメリカンドッグを頬張っています。揚げたての魚肉ソーセージ入り。実はなぜか、奪い取るように食べています。少し格好悪い。でも、目が離せません。
Netflix『深夜食堂 -Tokyo Stories-』シーズン1の第2話「アメリカンドッグ」の主役は、浅草のベテラン芸人・ケセラ世良夫(佐藤B作)です。かつては人気者だったものの、今は落ち目。元付き人の森脇ハジメ(新井浩文)はすっかり売れっ子になっていて、師弟の立場はとっくに逆転しています。
世良夫は偉そうで、意地っ張りで、昭和の匂いがする人物として描かれています。現実の職場にいたら「ちょっと面倒だな」と思うタイプです。お悩みの文面を読みながら、世良夫のことをちょっと思い出しました。少し、似ているかもしれません。
この話のアメリカンドッグには、ちょっとした背景があります。ハジメが師匠のためにホットケーキの材料を買ってきて、深夜食堂「めしや」のマスター(小林薫)に作ってもらった。すると、マスターが気を利かせてハジメのために残った生地とありあわせの魚肉ソーセージを使って揚げたのが、アメリカンドッグでした。師匠の世良夫はそれを横から「食べたい」と言い出す。揚げたてで、いい匂いがして、酒のつまみにもなりそうで。
わがままで、子どもっぽくて、見ていると苦笑してしまう場面です。そんな些細なアメリカンドッグをめぐる争いが、やがて2人の関係に亀裂が入っていきます。過去の栄光にすがる世良夫の姿は哀れとも言え、ハジメはハジメでやり返す。収拾がつかなくなる2人の姿は子どものケンカのようにも見えます。ただ、人間は言葉だけで動いているわけではない、ということを、このドラマは食べ物を通じてさりげなく見せてくれます。
善人と悪人に分けない『深夜食堂』の魅力
相談者の方が毎日のように聞かされる「俺の若い頃は」という言葉は、うんざりします。それは正直なところだと思います。でも、ふと考えるのです。その言葉を正面から受け止めるのをやめたとき、少し違うものが見えてくることはないだろうか、と。
ドラマの中で世良夫が昔話をするのは、おそらく過去の自分が一番輝いていた時代だからです。それを今も誰かに聞いてほしい。認めてほしい。そういう切実さが、その奥にある。とはいえ、だからといって相談者の方が傷つかなくていいわけではありません。ここで「上司にも事情があるはず」と言いたいわけではないのです。
伝えたいのはもっと小さなことで、「言葉より先に、何かがある」と知っておくだけで、聞き方が少し変わることがある、ということです。上司の言葉を全部受け取るのではなく、仕事に必要な部分だけを取り出して、残りはそっと流す。それは諦めではなく、自分を守る術に近いものだと思います。
『深夜食堂』という作品が長く愛される理由のひとつは、登場人物を善人と悪人に分けないところにあります。世良夫も立派な人ではない。それでも見終わったあと、不思議と嫌な後味が残らない。
深夜の食堂で揚げたてのアメリカンドッグを横からかすめ取り、それを頬張る世良夫の姿には、どうしようもない愛嬌があります。ハジメも、そのことを知っていた。だからこそ、2人の間には言葉にならない何かが残るのです。もちろん、2人は師弟です。そう簡単に職場の話に重ねられるものではありません。
職場の上司がすぐに変わるとは思えない。「アメリカンドッグ」を見たからといって、何かが解決するわけではないけれど、上司の言葉を聞く自分の角度が、ほんの少し変わるかもしれません。そのための23分なら、悪くないと思います。
疲れた夜に。それで十分です。

