当連載第37回で尾小屋鉄道を紹介した際、「昭和の時代、北陸地方には多くの中小私鉄が存在していました。北陸本線を動脈とたとえるなら、まるで毛細血管のように私鉄の路線が延びていたのです」と記しました。それらの多くが廃止されたものの、富山地方鉄道や石川県の北陸鉄道など、現存する私鉄もあります。福井県内で路線網を構成する福井鉄道とえちぜん鉄道もそう。

そこで2回にわたり、福井の「消えたレール」「生き残ったレール」を紹介したいと思います。

今回取り上げるのは、「消えたレール」福井鉄道南越線。筆者の訪問当時、国鉄北陸本線武生駅に隣接した社武生(しゃたけふ)駅から栗田部(あわたべ)駅までの8.7㎞を結んでいました。

もともとは粟田部駅より先、戸ノ口駅まで延びていた南越線ですが、典型的な地方私鉄ゆえ、乗客の減少などを理由に1971年、粟田部~戸ノ口間が廃止、1981年4月に全線廃止となりました。

かつて福井鉄道は、武生市内に2つの始発駅を持っていました。いずれも国鉄の武生駅と区別するため、南越線の始発駅は「社武生」、福井市内に向かう福武線の始発駅は「武生新」と命名されていました。ちょっと首を傾げてしまうようなユニークな駅名でしたが、福武線の始発駅は現在、越前武生駅に改称されています。

南越線で活躍していた車両は、1962~1963年に自社製造され、全線廃止まで活躍したモハ130形2両(モハ131、モハ132)。独特の正面2枚窓に加え、車体全長13mという短さが特徴で、首都圏の一般的な通勤型車両(全長20m)の車体と比べて約3分の2しかありませんでした。

社武生駅構内では、名鉄から譲渡された車両、クハ111の姿も見ることができました。しかし、すでに廃車となっており、台車を抜かれた状態で放置されていました。

今回紹介した「鉄道懐古写真」

撮影時期 写真の説明
写真1 1977(昭和52)年
3月20日
社武生駅に停車中の栗田部行。バックに残雪の山々が見える
写真2 南越線で活躍した自社製造車両モハ132。独特の正面2枚窓が地方私鉄らしかった。
社武生駅にて
写真3 社武生駅に留置中のモハ131。車体が短くかわいらしい電車だった
写真4 電気機関車の脇を抜け、発車していく栗田部行の電車。
国鉄武生駅は写真左側にあった
写真5 社武生駅構内に、台車を抜かれたクハ111の姿が
※写真は当時の許可を取って撮影されたものです
松尾かずと
1962年東京都生まれ。
1985年大学卒業後、映像関連の仕事に就き現在に至る。東急目蒲線(現在の目黒線)沿線で生まれ育つ。当時走っていた緑色の旧型電車に興味を持ったのが、鉄道趣味の始まり。その後、旧型つながりで、旧型国電や旧型電機を追う"撮り鉄"に。とくに73形が大好きで、南武線や鶴見線の撮影に足しげく通った