平城宮跡の中央を近鉄奈良線が通り抜け、遺跡の景観を損ねている問題が解決に向けて動き出した。きっかけは遺跡の整備着手ではなく、踏切の解消。国土交通大臣が指定し、期限付きで改善策を求めた踏切を処理するため、近鉄奈良線を移設して大和西大寺駅を高架化する。鉄道ファンにとっては、新駅の行方と大和西大寺駅の線路配置が気になるところだ。

  • 大和西大寺高架化と近鉄奈良線移設計画(奈良県発表資料を元に地理院地図を加工)。緑が高架区間(近鉄7%負担)。濃緑が高架~地上勾配区間(行政全額負担)。青が地上区間(負担割合未定)。赤が地下区間(負担割合未定)。赤丸が除却される主要な踏切

奈良県は3月25日、「大和西大寺駅高架化・近鉄奈良線移設事業を記載した踏切道改良計画を策定し、国土交通省に提出いたしました」と発表した。大和西大寺駅の西側(京都寄り)にある近鉄京都線「平城第3号踏切道」と、大和西大寺駅の東側にある近鉄奈良線「西大寺第1号踏切道」を立体交差化する計画となっている。この2つの踏切は、踏切道改良促進法によって、国土交通大臣から「安全かつ円滑に通行できるよう対策せよ」と指定されていた。

両踏切の対策を行うためには、前後の区間も含めた広範囲な対策計画が必要になる。大和西大寺駅の高架化、近鉄奈良線の移設も必要だ。2020年7月、奈良県、奈良市、近畿日本鉄道の3者が協議開始で合意し、検討してきた。それから約8カ月の協議を経て、改良計画が決定した。

近鉄奈良線の移設については、かねてより平城宮跡の遺跡保護と国定公園化のための協議が進められてきた。しかし、鉄道線路が敷かれた後で遺跡が発見されたという特異な経緯のため、自治体と近鉄の折り合いがつかなかった。鉄道線路は国の免許を受けて敷設されており、当時の大阪電気軌道(現・近鉄)は遺跡の存在を知らなかった。つまり、遺跡に関しては「善意の第三者」であり、遺跡のために移設したいなら、国や自治体が費用負担すべき立場となる。加えて、迂回したルートで所要時間が増えるなどの不利益があった場合、補償を求めても良い立場といえる。

■費用負担で応酬した経緯も

平城宮と近鉄奈良線の関係について、過去に本誌連載「鉄道トリビア」第390回「世界遺産の敷地を走る複線電化の鉄道路線がある」で紹介した。当連載の第235回「近鉄奈良線、平城宮横断ルートから南へ移設? 協議開始へ」でも指摘したように、2020年7月の協議開始の合意は、踏切改良計画の提出期限が2020年度末に迫っていたからだった。

踏切改良計画が提出された3月25日は期限の6日前。ぎりぎりまで協議が続いていたとみえる。3月17日の奈良県知事定例記者会見では、質疑応答の最初の質問が「大和西大寺駅の高架化及び近鉄奈良線の移設に係る協議状況について」だった。知事は、「悠々としてはいけないけれども、積み重ねがありますのでカッとなってもいけないし、様子を辛抱して見つめている状況です。合意できるように思っています」と答えている。

「カッとなっても」に知事の心情が表れている。じつは、昨年7月の協議開始合意の後、近鉄の「迂回区間の費用は行政側の負担」というコメントが報じられた。知事はこれに対し、「近鉄の負担がゼロになるわけがない」と反発したと報じられている。報道合戦になりかけたが、これは報道と知事の誤解だった。知事の会見は当時の気まずさが反映されたといえるかもしれない。

報道によると、大和西大寺駅を含む東西の高架区間については近鉄が7%を負担するとのこと。高架下を近鉄が利用できることと、大和西大寺駅の改良による受益が考慮された。近鉄奈良線の平城宮西側から大宮通り朱雀門付近までの平面区間については、行政側が全額負担となった。高架下を利用できないことが理由と報じられているが、「迂回区間の費用は行政側の負担」という近鉄の当初の考え方がここに表れている。

朱雀門付近から地下区間に入り、現在の近鉄奈良線に合流する区間の負担割合については先送りとし、協議を続けるという。ここにも少し駆け引きが見えており、奈良県は新大宮駅の地下移転の他に、(仮称)朱雀大路駅、(仮称)油阪駅の2駅を提案している。観光客や沿線住民に便利で、近鉄にも利点があるだろうという提案だ。

新駅を設置せず、単なる地下移転であれば、近鉄の主張する「迂回区間の費用は行政側の負担」となる。しかし、近鉄に受益が見込まれる新駅を設置することで、近鉄の負担割合が発生する。この提案については、踏切解消の本質的な問題から逸れるため、別途協議するそう。なにしろ用地買収などで20年、工期20年の40年計画だ。時間をかけて進めていくことだろう。

■大和西大寺駅周辺の“スパゲッティ線路”はどうなる?

さて、鉄道ファンにとっては近鉄奈良線の移設だけでなく、大和西大寺駅の高架化も関心があるだろう。大和西大寺駅は近鉄奈良線の複線に対して、北から近鉄京都線の複線、南から近鉄橿原線の複線が合流する。この3路線が平面で交差し、4方向の相互に列車が運行される。しかも橿原線側に車両基地もある。

線路配置はスパゲッティが絡むように煩雑で、各列車が巧みに線路を使い分ける。これが鉄道ファンにとって興味深い。特急列車と普通の間に数種類の列車種別があり、多彩な形式の電車がやってくる。長時間眺めても飽きない。弁当持参で、ホーム上で1日中眺めていたい気持ちになる。

  • 大和西大寺駅における現在の線路配置の概略図

しかし、鉄道職員の苦労も想像に難くない。ダイヤが乱れたら機能不全に陥りそうだ。大和西大寺駅を高架化するなら、この際に複雑な平面交差を解消したいはず。平面交差を解消して高架化した例を挙げると、近鉄の布施駅や京成高砂駅、京急蒲田駅はホームを2層構造とし、同一方向の列車の階層を分けることで平面交差を解消した。

現在工事中となっている阪急電鉄の淡路駅は、京都本線・千里線の4方向の交差を解消する。こちらが新しい大和西大寺駅のイメージに近いだろう。大和西大寺駅の設計等はこれから着手し、発表すると思われる。複線2層構造の駅は「京急蒲田要塞」をはじめ、その威容から「●●要塞」の異名で呼ばれることがある。さて、「大和西大寺要塞」、いや、略して「大和要塞」のほうがカッコいいかな。どんな駅になるか楽しみだ。

それにしても、完成まで40年とのことで、長生きしたいものである。