JR東日本が上越新幹線E4系「Max」のラストラン企画を開始した。E4系は1997(平成9)年に東北新幹線で運行開始し、オール2階建て新幹線車両として親しまれ、通勤通学輸送やスキー客の波動輸送に活躍してきた。8両編成の定員817名は、世界最大の航空機エアバスA380機に匹敵する。2編成を連結した16両編成の定員は1,634名で、高速列車としては世界最大のジャンボサイズだった。

  • 上越新幹線で活躍するE4系。愛称の「Max」は「Multi Amenity Express」の略

E4系は運行開始から20年を超えており、新幹線車両としては古参でもあった。E7系を新製してE4系を置き換え、当初は2020年度末に全車引退する予定だったが、2019年10月の台風19号により、北陸新幹線E7系・W7系の一部車両が被災し、廃車となったため、新製されたE7系は穴埋めとして北陸新幹線に充当された。新型車両の投入が後回しになった結果、E4系は約半年も「延命」された。E4系のファンにとっては、お別れ乗車の期間が少し延びた。

5月にE4系を東北新幹線で走らせるツアーが開催される予定で、すでに満席となっている。今後も秋の引退までにツアー企画が行われるだろう。また、E4系の保存車両としては、新津鉄道資料館に先頭車1両が保存展示されている。

乗客にとって、E4系の魅力といえば2階席からの車窓。新幹線の車窓は市街地の高架区間などにおいて防音壁に遮られることが多いが、2階席なら防音壁の上から町を眺められる。その代わり1階席は他の車両より低い位置にあり、車窓のほとんどは防音壁や線路脇の施設に遮られてしまう。もっとも、読書や作業に集中したい場合であれば、1階席のほうが景色に気を取られない。人気がないから発車間際でも席を取りやすく、自由席も空いているという利点がある。

8両編成のE4系において、1~3号車は普通車自由席として使われ、2階席は横6列(3列+3列)で座席幅が狭く、リクライニング機構もない。一方、1階席は他の新幹線の普通車と同じ横5列(2列+3列)で、2階席と比べてゆったりしており、リクライニング機構もある。普通車自由席の場合は1階席を好む人もいたことだろう。

E4系が他の車両より劣る要素としては、乗降に時間がかかることが挙げられる。通常より多くの乗客が乗降口に集中する。JR東日本にとっても、乗降時間を見込んで停車時間を長めにするなどの配慮が必要になる。2階建てを実現するための階段も足腰に負担をかける。2・4・6号車の車端部にデッキと同じ高さの客室を設け、バリアフリー対応として車いすに対応した座席も設置されていた。

■2階建て新幹線の役割は

E4系「Max」の引退により、新幹線の2階建て車両は消滅する。そこで新幹線の2階建て車両を振り返ってみよう。

初の2階建て新幹線車両は1985(昭和60)年に登場した東海道・山陽新幹線の100系。中間車2両が2階建てで、8号車は2階に食堂、1階に調理室と売店を設置し、9号車は2階にグリーン席、1階にグリーン個室を設けた。後に2階建て車両を4両に増やした「グランドひかり」が登場する。1両は食堂車、他の3両は2階がグリーン席、1階が普通席だった。このときの2階建ての理由はグリーン席のサービス向上だったという。食堂車は席を増やし、グリーン車においては眺望を提供した。

  • 初代「Max」E1系。2012年まで活躍した

1990(平成2)年から東北新幹線の200系も2階建て車両を2両連結し、速達タイプの「スーパーやまびこ」に投入された。こちらも2階がグリーン席、1階は普通席とカフェテリアだった。100系と同じくグリーン席のサービス向上を目的に設置され、100系と同様に新しい新幹線のイメージアップにも役立った。

1994年、東北新幹線でE1系が運行を開始する。オール2階建ての12両編成で、「Max」の愛称を与えられた初代車両であり、E4系の先輩にあたる。E1系の登場も衝撃的で、普通車も含めた座席数の多さは着席サービスの向上という意味があった。しかし、それ以上に大量輸送を目的としていた。その背景に新幹線通勤の定着がある。

国鉄時代の1983年、新幹線定期券「フレックス」が発売された。1980年代後半はバブル景気の影響もあり、新幹線沿線に家を買う人や、もともと新幹線沿線に住み、都心で働く人が増えた。都心の住宅不足を解決するため、国も通勤手当の非課税上限を上げた。1カ月あたり5万円まで通勤定期を認める会社が増え、新幹線で通勤する人も増えた。

E1系が投入される頃には景気後退が始まっていたが、それが新幹線での通勤・通学に拍車をかける。東京近郊より家賃の安い地域に住み、会社負担の「フレックス」で新幹線通勤する人が増えた。大学生は学割定期券「フレックスパル」を使えば、実家から新幹線で都心の大学に通える。都内で下宿するより安上がりで、親も安心できるというわけだ。

■E4系はJR東日本のピンチを3回救った

E4系の誕生はE1系の3年後。E1系の増備継続ではなく、新たにE4系を投入した理由のひとつに、秋田新幹線の開業と山形新幹線の新庄延伸が挙げられる。E1系は12両編成だったから、「こまち」「つばさ」と併結できなかった。E4系は8両編成としたことで、定員は10両編成のE2系とほぼ同じに。2編成連結すれば、1,634名もの大容量となる。

  • 登場当初のE4系は、車体中央の帯が黄色だった

E4系も通勤通学輸送に導入された。その後、東北新幹線ではE2系、さらにE5系が増備され、スピードアップが図られる。これにともない、最高速度240km/hにとどまるE4系は上越新幹線に活躍の場を移した。そこでも2階建て車両が真価を発揮する。日帰りスキーブームの到来だ。ガーラ湯沢スキー場が軌道に乗り、「JR SKI SKI」のプロモーションが功を奏して、「東京から新幹線で日帰りスキー」が定着した。E4系はスキー客の輸送でも大活躍することになった。

北陸新幹線が延伸開業する前、筆者が越後湯沢駅経由で金沢に向かった際、E4系に乗ったらデッキまで通勤ラッシュ並みの混雑だった。当時、都内から北陸方面は越後湯沢駅乗換えがメインルートで、そこにスキーヤーが重なった。定員の多いE4系だからこそ、冬のスキーシーズンを乗り越えられたと思う。

E4系の後継車両は北陸新幹線と同じE7系と発表されている。E7系は12両編成で、定員は924名。8両編成のE4系と比べて約100名多いが、16両編成に比べるとかなり少ない。しかし、北陸新幹線の延伸開業で金沢方面の利用がなくなったこと、スキーブームが落ち着いてきたことを考慮すれば、E7系の輸送量が適切かもしれない。そのE7系は北陸新幹線を補完するため、上越新幹線での増備が遅れた。そこでE4系の引退を遅らせて対応した。この半年は、いわばE7系の「代打」である。

E4系は増大する新幹線の通勤通学需要を支え、スキーブームの突発需要を支え、台風による車両不足を支えた。窮地を救い、最後までJR東日本の新幹線輸送を支えた「頼もしい巨体」はこの秋、ついに役目を終える。26編成208両が製造され、事故による廃車はなかった。どうか最後まで無事に走り抜けてほしい。