JR九州の新しい観光列車「36ぷらす3」の営業運転が始まった。最初の運行となった10月16~19日にかけて、各地で初列車を祝うムードでにぎわったようだ。

  • 「36ぷらす3」の運行初日、鹿児島中央駅で出発式が行われた

「36ぷらす3」は、博多駅から木曜日ルート「赤の路」でスタート。金曜日ルート「黒の路」、土曜日ルート「緑の路」、日曜日ルート「青の路」で博多駅に戻り、月曜日ルート「金の路」で博多~長崎間を往復し、九州全県を網羅する。火・水曜日は運休で、次の木曜日から新たな巡回が始まる。チケットはそれぞれの日の片道ごとに販売される。つまり、「36ぷらす3」は独立した片道観光列車の集合体だ。それぞれのルートで出発式が行われた。

ただし、木曜日ルート「赤の路」は、経由路線である肥薩おれんじ鉄道が「令和2年7月豪雨」で被災し、不通となったため、当面運休となっている。最初の出発式は10月16日の金曜日ルート「黒の路」の出発に合わせ、鹿児島中央駅で開催された。

JR九州の報道資料によると、鹿児島中央駅の出発式では、「36ぷらす3」にちなんで「36歳+3歳の親子」が3組招待され、1日駅長を務めたという。デザインを担当した水戸岡鋭治氏、JR九州の青柳俊彦社長が挨拶した後、親子駅長の合図で宮崎駅へ向けて発車。報道陣のほか、地元鉄道ファン約200人が見送った。宮崎駅では宮崎市長など大勢の関係者が出迎え、シンボルキャラクターの「みやざき犬」が第1便の乗客に記念品をプレゼントした。

  • 鹿児島中央駅での出発式に水戸岡鋭治氏(写真右から3人目)も出席

10月17日の土曜日ルート「緑の路」では、佐伯市の重岡駅で地元の観光関係者が号砲を上げて歓迎したと大分放送が報じている。郷土芸能の「宇目の唄げんか」が披露され、乗客にマグロのカブト焼きがふるまわれたという。降車駅となる大分駅や別府駅でも歓迎イベントが開催され、翌18日の日曜日ルート「青の路」でも、杵築駅と中津駅で沿線の人々が歓迎した。

日曜日ルート「青の路」では、九州の鉄道の玄関として君臨した門司港駅に停車。九州朝日放送は、「はかま姿の女性たちが出迎え、門司港駅特製の駅員の制服を貸し出す」など、門司港レトロ地区の雰囲気でもてなしたと報じた。

10月19日の月曜日ルート「金の路」では、出発駅の博多駅で記念式典を開催。36歳と3歳の母娘が1日駅長に選ばれ、出発の合図を送った。佐賀駅では多くの住民が横断幕を掲げて歓迎し、肥前山口駅に12時32分に到着。江北町役場から招待された保育園の園児約20人が旗を振って歓迎した。この日は駅の入場を無料とし、多くの人々が歓迎に訪れられるよう配慮されたようだ。

  • 長崎本線を走る「36ぷらす3」

鹿島市の肥前浜駅でも地元の園児たちが歓迎した。終着の長崎駅では、ゆるキャラ「がんばくん らんばちゃん」や関係者が横断幕を携えて出迎えた。

■幹線で都市を結ぶ「新しい観光列車」

「36ぷらす3」は各地で歓待された。とくに初めて観光列車が停車する駅の喜びは大きい。いままで観光列車が走らなかっただけに、地域の活性化にも期待が寄せられている。幹線の沿線の人々は、観光列車がにぎわうローカル線をうらやましく思っていたかもしれない。

JR九州はクルーズトレイン「ななつ星 in 九州」をシンボルとして、各地で観光列車を運行している。「ななつ星 in 九州」以外の観光列車はどれも全区間ローカル線、あるいは目的地をローカル線としている。ローカル線は自然の景観を楽しめる上に、ダイヤに余裕がある。収入の多い観光列車を走らせれば、ローカル線の売上も増え、沿線の活性化にもつながる。九州新幹線に乗ってもらうための目的地、観光施設という意味もあった。

  • 「36ぷらす3」は長崎本線や日豊本線の景観の良い区間も走る

これに対し、「36ぷらす3」が走る幹線区間は、「都市間を結ぶ」という本来の目的がある。観光列車によってテコ入れする必要性は小さい。地方幹線は単線もあり、ダイヤに余裕がないし、車窓も人家が多く、景観の良い区間は少ない。それでも大都市を結ぶ区間の中には、景観の良い区間や観光地として魅力的な街もある。このような区間の沿線の人々は、観光列車を待望していたはず。ただし、その期待に応えるために、従来のローカル観光列車ではなく、新たな概念で観光列車を組み立てる必要がある。

■小さな窓に感じた「新コンセプト」

「36ぷらす3」は、幹線向け観光列車として、いままでの観光列車とは異なる性質を持つ。その象徴が「小さい窓」だ。改造の元になった787系はビジネス特急の要素があり、もともと窓が小さい。座席1列に対して窓1つという配置になっている。改造にあたって窓の大きさを広げるほどの大工事はせず、内装にこだわり、引き戸の障子が取り付けられた。引き戸だから半分しか開かない。もとから小さい窓はますます開口部が小さくなる。マルチカーは窓の半分に格子があるから、景色を映す面積は窓全体の4分の1になる。

つまり、「36ぷらす3」は「車窓を楽しむ列車」というより、「落ち着いた車内空間を楽しむ列車」といえるだろう。障子はむしろ閉じて、畳敷きの客室で靴を脱いでくつろいでほしい。都市から都市へ移動する間に、ゆっくり体を休めてほしい。そして下車後に観光地を元気に巡ってほしいという願いも込められていそうだ。もちろん退屈しないしかけは用意している。マルチカーやビュッフェ、途中駅で長時間停車したときの地元のおもてなしである。

豪華クルーズトレインは別格として、JR九州が「D&S(デザイン&ストーリー)列車」と呼ぶ観光列車のほとんどは、運行時間が1~2時間、料金が5,000円~1万円程度だった。「36ぷらす3」は1本あたりの運行時間が長く、料金も少し高め。その点も従来の観光列車やクルーズトレインとは違う、新しい観光列車といえる。

「幹線運行の観光列車」という分野では、JR西日本の「WEST EXPRESS 銀河」の山陽コースも同様だ。ローカル線を元気にしてくれた観光列車が幹線区間に進出し、経済回復を引っ張ってくれることを期待したい。予約も好調の様子で、長らく続いた外出自粛ムードを吹き飛ばしてくれそうだ。