熊本日日新聞などの報道によると、熊本県と沿線自治体が参加する「南阿蘇鉄道再生協議会」は、全線復旧時にJR豊肥本線の肥後大津駅まで直通運転をめざす方針を承認したという。南阿蘇鉄道は2016年の熊本地震で被災し、立野~中松間は現在も不通に。中松~高森間で列車を運行しているものの、他の鉄道路線とは隔絶された状況になっている。

  • JR豊肥本線と南阿蘇鉄道の路線図(地理院地図を加工)

南阿蘇鉄道は2023年夏の全線復旧に向けて取り組んでいる。豊肥本線への乗入れについては、JR九州から「技術的には可能」という感触を得たようだ。豊肥本線は今年8月、熊本~大分間の全線で運転再開した。現在のダイヤは、電化された熊本~肥後大津間の列車が多く、肥後大津駅から先は極端に本数が少なくなる。南阿蘇鉄道の列車が肥後大津駅まで乗り入れると、熊本駅からの乗継ぎが便利になる。また、熊本県が進める「熊本空港アクセス鉄道」との連携も視野に入る。

■国鉄時代、高森線は豊肥本線へ直通していた

「技術的には可能」は当然のことで、南阿蘇鉄道は旧国鉄高森線を引き継ぎ、開業している。高森線は大正時代に熊本~宮地間で開業した「宮地線」の支線として、1928(昭和3)年に開業。「宮地線」は大分側から延伸した「犬飼線」とつながり、現在の豊肥本線となった。一方、高森支線は延岡まで延伸する計画で、延岡側からも工事が行われた。

しかし、トンネルの異常出水事故によって工事は長らく中断し、国鉄の赤字などで計画は中断した。立野~高森間は高森線、延岡~高千穂間は高千穂線として運行され、それぞれ南阿蘇鉄道、高千穂鉄道という第三セクター鉄道となった。高千穂鉄道は2005(平成17)年の台風14号で被災し、復旧費用が高額だったこともあり、存続を断念。現在、一部区間が高千穂あまてらす鉄道によって観光施設化されている。

JTBパブリッシング発行の『時刻表復刻版 1982年11月号』によると、国鉄時代の高森線は立野~高森間で1日6往復の列車が設定され、このうち下り4本・上り3本が豊肥本線に乗り入れ、熊本駅発着で運行されていた。南阿蘇鉄道としては、かつてのように熊本駅から直通したいが、せめて肥後大津駅まで乗り入れ、同駅発着の列車と接続を図りたいところだろう。

■ATS設備費用などは自治体が負担

朝日新聞の報道によると、熊本県が2019年度に直通運転に関する調査を実施したところ、乗客数は「熊本地震前より27%増加が見込める」との結果を得たそうだ。ただし、線路がつながればそのまま乗り入れられるという簡単なものではない。「線路敷設や信号設備」などの改良工事が必要になる。「線路敷設」は連絡線の再整備に加え、分岐器の増設など線路を改良するという意味だろう。

  • 豊肥本線は今年8月に全線で運転再開したが、南阿蘇鉄道の立野駅ホームは未整備の状態だった(2020年8月撮影)

「信号設備」は、現在、豊肥本線と南阿蘇鉄道の信号保安方式が異なり、両方に対応した車両しか直通できない。直通運転を行う場合、JR側の高度な保安信号方式にそろえる必要がある。かつてJR線と直通していたものの、コスト削減の理由から、簡素な保安信号方式を使い続ける鉄道会社も多い。JR線とつながっていた線路を切断するケースもある。

南阿蘇鉄道も同様で、特殊自動閉塞式という、駅構内のみ列車の位置を検知する方式になっている。一方、豊肥本線は全線で軌道回路を使って列車を検知する「ATS(自動列車停止装置)」を採用し、とくに熊本~肥後大津間は速度制限機能付きの上位版となっている。この問題を解決するには、南阿蘇鉄道もATSを採用する必要がある。直通運転を肥後大津駅までとした理由は、ATSの方式が変わるからかもしれない。

これらの改良にかかる事業費は南阿蘇村と高森町が折半して負担する。維持費も南阿蘇村と高森町が負担し、負担割合は今後の協議で決めるとのこと。

■熊本空港アクセス鉄道計画に弾み

報道各社の記事では、おもに南阿蘇鉄道の「豊肥本線直通」と「熊本駅からのアクセスが便利」になることが報じられていた。一方、豊肥本線といえば「熊本空港アクセス鉄道」も連想する。「熊本空港アクセス鉄道」は熊本県が構想するプロジェクトで、現在は熊本空港と豊肥本線の三里木駅を結ぶ案に絞られている。それ以前は肥後大津駅と空港を結ぶルートが検討されたし、三里木駅から豊肥本線に乗り入れ、熊本駅または肥後大津駅へ直通する案もあった。

当連載第231回「熊本空港アクセス鉄道構想『いったん立ち止まる』事業費大幅増額で」の中で、熊本県知事が「いったん立ち止まる」と表明した報道を紹介した。鉄道・運輸機構が建設予算を精査したところ、事業費が県の見積よりも大きくなったためだ。しかし3カ月後、2020年9月19日付の朝日新聞の記事「空港アクセス鉄道『これまで通り検討』 知事」では、知事が県議会で「50年後、100年後の熊本の発展に必ず貢献する」と計画継続の意思を表明している。

熊本県の熊本空港アクセス鉄道計画資料では、「豊肥本線乗り入れは行わず、乗り入れを実施する場合の費用は県が負担する」とある。仮に肥後大津駅までの乗入れが実現し、南阿蘇鉄道の豊肥本線直通も実現すれば、熊本空港から乗換え1回だけで南阿蘇鉄道に行ける。少し視野を広げると、バラバラだった構想がひとつに結びつく。鉄道ファンとしても実現に期待したい。