女性の発する「かわいい」は、男性にとって理解しにくい感情のひとつ。小さいから「かわいい」。動物のように情を誘う仕草が「かわいい」。それらは理解できるし、男性でも使う。しかし、女性はしばしば男性が理解できない対象も「かわいい」と言う。女性の鉄道ファンにとって、鉄道車両のような「大きく、感情のないもの」も「かわいい」らしい。鉄道を「かわいい」という感性が新鮮に思える。

  • 『女子鉄アナウンサー久野知美のかわいい鉄道』の出版記念イベントが行われ、著者の久野知美さんも出席(写真:マイナビニュース)

    『女子鉄アナウンサー久野知美のかわいい鉄道』の出版記念イベントが行われ、久野知美さんも出席

5月16日、女性の鉄道ファンへの応援歌とも言うべき本『女子鉄アナウンサー久野知美のかわいい鉄道』が発売され、翌17日に出版記念イベントが行われた。男性にとって「かっこいい」鉄道が「かわいい」はどういうことか。この本で読み解いてみたい。

本書は144ページ、「かわいい鉄道の旅」「かわいい鉄道ネイル&ファッション」「かわいいラッピング列車」「かわいい駅」「かわいい制服」「かわいい鉄道キャラクターグッズ」「かわいい×カッコいい鉄道の旅」「かわいい海外の鉄道」の全8章で構成される。コラム的な扱いとして、「かわいい鉄道で行く和歌山の旅」「かわいい動物駅長」「応援します、三陸鉄道」「メンズが選ぶかわいい鉄道」も紹介されている。

  • 『女子鉄アナウンサー久野知美のかわいい鉄道』
    (発行 : 天夢人 / 発売 : 山と渓谷社 / 税別1,500円)

第1章「かわいい鉄道の旅」では、「流氷物語号」(JR北海道)を筆頭に、「ながまれ海峡号」(道南いさりび鉄道)などの観光列車や、飯坂電車、大井川鐵道、一畑電車などの中古譲渡車両を網羅している。これらはおもに改造車両または塗装変更車両だ。出版記念イベントで久野さんは、「お化粧して、おしゃれして、私ってかわいいでしょう、とがんばっているから」と話していた。なるほど、魅力アップのために工夫された車両が「かわいい」ということか。

紹介された車両たちは、「かわいい」がわかりやすい。久野さんいわく、「フルーティアふくしま」もかわいいし、一般車両と併結している姿もいじらしいけれど、その魅力は多くの人々には理解されにくいだろうと考え、泣く泣く載せなかったとのこと。他にもたくさん載せたかったけれど、紙数が足りなかったそうだ。たしかに紹介点数が多く、写真が小さめで、紙数と戦った様子がうかがえる。

各項目には「かわいい度」を評価する星取り表もある。「外観」「内観」「女子鉄満足度」「子鉄も楽しめる度」「レア度(到達難易度)」「マニア萌え度」の6項目があり、「かわいい鉄道」に乗りに行きたい人にとって便利な目安となる。ただし、「★」が少ないからダメというわけではない。小湊鐵道のレア度は「★」1つだけど、コメントは「都心から1時間。アクセス抜群♪」と前向きだ。

第2章「かわいい鉄道ネイル&ファッション」では、久野さんが10年にわたって実践と提唱を続けてきた鉄道ネイルを紹介。車体のカラーリングを再現したり、その中でも両手の指にひとつだけシンボルマークをあしらったりと、鉄道にこだわったネイルアート40種類を掲載している。たとえば、東京メトロ丸ノ内線は赤い地色に白い帯。その白い帯の中にサインウェーブも描く徹底ぶり。ちょっと見ただけでもおしゃれな塗り分けとわかるけど、よく見ると「鉄分」をさりげなく主張している。

10年間で塗られたネイルの数は何万枚だろう、とは野暮なツッコミか。しかし、すべて掲載されたネイルアートの写真集があったら見たい。筆者が知人に聞いた話では、今年1月に大阪ビジネスパークで開催された「鉄道博」にて、鉄道ネイルコーナーは長蛇の列だったという。久野さんの活動が女性にも浸透しつつあるようだ。

  • 出版記念トークイベントに岡安章介さん(ななめ45°)も応援出演

「かわいいラッピング列車」「かわいい駅」「かわいい制服」と読み進めていくうちに、読者は「かわいい」という感覚になじんでいくはず。なんとなくだけど、「魅力を発信する対象」と「その魅力に気づく自分」という2つの要素の間に「かわいい」があるらしい。それは「インスタ映え」という文化にも似ている。

「インスタ映え」といえば、第8章「かわいい海外の鉄道」はインスタグラムをモチーフにしたデザインになっている。写真だけでなく、ページ上部のアイコンにも注目。ページをめくるたびにある部分が変化して……。これはネタバレになるので、ぜひ本書をご覧いただきたい。

著者の久野知美さんは「女子鉄アナウンサー」として、鉄道関係のイベント等で人気がある。西武鉄道の新型特急車両「Laview(ラビュー)」、レストラン列車「西武 旅するレストラン 52席の至福」をはじめ、東武鉄道の特急車両「Revaty(リバティ)」や東上線「TJライナー」などの列車で車内自動アナウンスの音声を担当している。テレビ東京のバラエティ番組「なないろ日和」、FM NACK5「スギテツのGRAND NACK RAILROAD」、TBSラジオCLOUD「乗りものニュース1155」にも出演中。「鉄道BIG4」の1人、ホリプロマネージャー南田裕介氏もお墨付きの鉄道好きタレントだ。

  • (写真左から)南田マネージャー、久野知美さん、岡安章介さん

本書では多くの路線や車両を対象としつつ、そのほとんどに久野さん自身も登場する。つまり、鉄道事業者や写真提供会社から提供された写真でお手軽にまとめたような本ではない。鉄道本として、ていねいに作られたとわかる。もちろんタレント本でもない。「私がかわいい」ではなく、「鉄道がかわいい」というスジ(鉄道だけに)を通していて、好印象だ。

鉄道好きの女性が増えている。いや、もともと存在していたけれども、鉄道は「男性の趣味」という時代が長かっただけに、「女子鉄」を公言しても男性の趣味に便乗しただけと思われる場合がある。だからこそ、しばしば「鉄道が好きだけど知識に乏しい」女性鉄道タレントが非難の対象となった。「俺たちが大切にしている鉄道趣味を人気取りの手段に使うな」という思いもあるだろう。

しかし、本書を読めば、それは男性鉄道ファンの勘違いだったとわかる。久野さんは筆者をはじめ、鉄道ライター陣も唸るほどの知識を持っている。しかし本来、なにかを好きになるために、知識はそれほど重要ではない。「好き」という感情だけで趣味は成り立つ。「かわいい」はその象徴とも言うべきパワーワードとなる。

本書は鉄道好きの女性にも勇気を与えてくれる。「鉄道がかわいい」を肯定することで、「鉄道が好きと自信を持っていいんだ」と思える女性も多いはずだ。

『女子鉄アナウンサー久野知美のかわいい鉄道』は、「女子鉄」を知りたい男性はもちろん、鉄道趣味に興味を持つ女性にもおすすめのスタートアップアイテムとなった。「かわいい」でいいんだ。老若男女を問わず、自分の感情に素直になって鉄道を楽しめばいい。本書は鉄道趣味を「男性の趣味」から「大人の趣味」へ進化させる過程のキロポストかもしれない。