肥薩おれんじ鉄道を舞台とした映画『かぞくいろ -RAILWAYS わたしたちの出発-』が11月30日に全国で公開された。運転免許を持たない女性が鉄道運転士をめざす。鉄道と鉄道に関わる人々を通じて、人生の転機や家族を描く、感動の涙を約束された作品だ。ドローンを使った俯瞰撮影を取り入れたところも現代的。車庫など鉄道会社内部も描かれ、鉄道ファンにも納得の作品だった。

  • 「RAILWAYS」シリーズ最新作『かぞくいろ -RAILWAYS わたしたちの出発-』が全国公開

主人公の奥薗晶は25歳で夫の修平を亡くし、夫の息子の駿也を伴って夫の故郷・鹿児島へ。夫の父は肥薩おれんじ鉄道の運転士で、亡き夫も駿也も鉄道ファンだった。駿也の「晶ちゃんも運転できるんじゃない?」の言葉に押され、晶は運転士の募集に応募する。

本作をひと言で言い表すと、「車の運転もできない若い女性が運転士として成長する物語」だ。長い間、男性職とされてきた仕事に女性が挑むという苦労、それを優しく見守る周囲の人々、応援する家族。そして挫折と再生。ヒューマンドラマとしては定番の作りだけど、そこに「血縁のない家族とのつながり、再生」というヨコ軸を組み合わせ、期待通りのハッピーエンド。安心して泣ける物語になっている。

  • 有村架純さんが主人公・晶を演じる

人気女優の有村架純さんが主人公を演じることでも話題だ。パンフレット(720円)によると、出演オファーは2015年頃。NHK連続テレビ小説『ひよっこ』の出演が決まる前。主演映画『映画 ビリギャル』で金髪ギャルに挑戦して話題となった頃だ。若い女性が運転士になるという物語は、実際に肥薩おれんじ鉄道で活躍する女性運転士によってリアリティが増した。運転免許を持っていない女性が運転士を志すという設定は、この実在の運転士のエピソードにちなんでいるという。

本作は鉄道ファンならご存じのように、「RAILWAYS」シリーズの3作目にあたる。1作目の『RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語』の舞台は島根県の一畑電車、2作目の『RAILWAYS 愛を伝えられない大人たちへ』の舞台は富山県の富山地方鉄道だった。当時、「3作目ができるならどこになるだろう」と予想した人も多かっただろう。

シリーズ3作目というと、続編かと思われるかもしれないけれど、それぞれの作品は独立しており、ストーリーに関連性はない。本作から観ても大丈夫だ。楽しかったらビデオレンタルなどで1作目、2作目へとさかのぼってもいい。12月7日には、池袋の新文芸坐で1作目・2作目が上映されるという。

ちなみに、2作目『RAILWAYS 愛を伝えられない大人たちへ』の中で、1作目『RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語』に登場する一畑電車のパンフレットが映る場面があり、前作とリンクしているように見えた。しかし、3作目となる本作では、1作目・2作目を暗示させる要素がなかったような気がする。それがちょっと残念……いや、見落としていただけかもしれない。ブルーレイディスクが発売されたらコマ送りで調べてみたい。

  • 肥薩おれんじ鉄道の車両を使っての撮影も行われた

  • 有村さん演じる晶が肥薩おれんじ鉄道の運転士をめざす姿が描かれる

さて、7年ぶりの3作目が肥薩おれんじ鉄道となった理由について、エグゼクティブ・プロデューサーの阿部秀司氏はパンフレットで経緯を明かしている。きっかけは2013年。鹿児島市内のシネコン「天文館シネマパラダイス」で開催された『RAILWAYS 愛を伝えられない大人たちへ』のイベントだった。ここで地元の人々に「次回作は肥薩おれんじ鉄道で」と要望されたという。

しかし、阿部氏は逡巡したようだ。一畑電車には元京王電鉄の車両や懐かしい電車、富山地方鉄道にも元西武レッドアローや元京阪電車、地鉄オリジナルの魅力的な車両がある。それに比べると、肥薩おれんじ鉄道は全国の第三セクター鉄道で見られる、比較的新しい量産車だ。それが逆に、鉄道趣味の力に頼らず、人物と物語と風景で勝負する作品になったといえる。

人物と物語に重きを置いたとはいえ、肥薩おれんじ鉄道の魅力は伝わっている。肥薩おれんじ鉄道の成り立ちや鉄道の知識は、もともと鉄道に関心がなかった晶に対して周囲の人々が語りかけるという形で説明されている。看板列車の「おれんじ食堂」も登場するし、車庫の内部も少しだけ見せてくれる。晶が研修に行くJR九州社員研修センターも珍しい映像だ。ちなみに指導員は役者ではなく、実際の職員とのこと。

  • 節夫の指導の下、晶が列車を運転する場面も

撮影といえば、有村さん演じる晶、國村隼さん演じる節夫が列車を運転する場面も興味深い。2人とも運転の講習を受けて撮影に臨んだという。しかし、営業路線で免許のない人に運転させるわけにはいかないわけで、どのような手法を使ったか。カット割りを見ればなんとなく想像はつくけれど、それをここで書くのは野暮というもの。ひとつだけパンフレットでネタバレしており、有村さんが運転する場面は女性運転士の吹き替えだという。その他は映画を観て、あれこれ思い巡らせて欲しい。

撮影時のエピソードとしては、後半の夜間の走行場面は苦労したそうだ。晶に試練が訪れる場面で、終列車後に線路閉鎖をして撮影された。しかし、並行在来線の肥薩おれんじ鉄道では、夜間にJR貨物列車が3本走っている。そこで、上下線の間隔が広がる区間を選び、JR貨物列車をすべて片方の線路で走行してもらったという。

この場面に登場するある動物はCGと剥製だ。これはエンディングのスタッフロールで遠回しに触れている。前述の吹き替えと合わせて見事な処理だ。それもそのはず、「RAILWAY」シリーズの制作プロダクションは『ALWAYS 三丁目の夕日』で昭和の風景をCGで見事に再現したROBOTである。こうした細かい技巧も、ブルーレイディスクが発売されたらコマ送りで探してみたい。しかし、まずはぜひスクリーンで観てほしい。ドローンを駆使した鉄道の風景は雄大で美しい。いますぐ肥薩おれんじ鉄道に行きたくなる。

  • 肥薩おれんじ鉄道は九州西海岸沿いを走り、車窓風景も美しい。観光列車「おれんじ食堂」も運行される

  • 映画『かぞくいろ -RAILWAYS わたしたちの出発-』のパンフレットは720円。肥薩おれんじ鉄道の魅力やロケ地なども紹介している

本稿で何度か引用したパンフレットは鉄道ファンにもおすすめだ。鉄道風景の撮影に関するエピソードのほか、現役の肥薩おれんじ鉄道の運転士による対談、“鉄道好き芸人”吉川正洋さん(ダーリンハニー)とホリプロマネージャー南田裕介氏の対談など収録している。ネタバレ要素もあるので鑑賞後に読もう。

出演者とスタッフが最も印象に残った場面は東京・池袋の跨線橋だったという。観る前にこれは知っておいていいと思う。跨線橋の場面を記憶してからパンフレットを読むと、より味わい深い。