「ナナナナ~」のギャグで一世を風靡したお笑いコンビ「ジョイマン」。その後風のようにお茶の間から姿を消した彼らだが、今もコツコツと笑いの世界で生きている。そんな山頂と地底の景色を見てきたジョイマンの高木晋哉が、日々の出来事を徒然なるままに語り、「あー人生つまんない」と思っているアナタにふっと生暖かい風を吹かせてくれる。


  • ジョイマン高木の「男はガマン、女はウーマン」

    絵:高木晋哉

――たいした人間ではない。

まるで大聖堂の鐘の音のように、その言葉は僕の中で重苦しく反響した。僕にはその響きが激励なのか、罵倒なのか、ただの素朴な感想なのか、すぐには判断が出来なかった。ただひとつ確かなことは、自分では気が付かなかったこれからの人生を考えるヒントを、その鐘の音が知らせてくれたということだ。

その日、僕はとあるスーパーの新店オープンを盛り上げる仕事に来ていた。店舗の入り口付近に設置された簡易ステージの周りは、オープニングセールのおかげで沢山の人々で賑わっていた。これから僕達ジョイマンはMCの方に呼び込まれ、ステージでネタをして、帰る。それだけの予定だった。いつもの営業のように、ネタを一生懸命やって、あわよくば皆様の笑顔や笑い声を頂戴して帰るだけ。そんな何気ない一日になるはずだった。

イベントは滞りなく始まり、僕達はステージに登場した。僕のステージへの登場方法は「ヒウィゴー、カモン」と口ずさみつつ、低い姿勢を保ち、両手を斜め下に伸ばしたり畳んだりを繰り返しながら、ゆったりとした足さばきで登場するという方法だ。そしてそのままラップネタを少しやって皆様のご機嫌を伺う。

いつも通りだ。いつも通り地球は回り、太陽が昇って朝が来る。人々は活動を始め、その営みの片隅で、大きな地球の営みの片隅で、ジョイマンが少しだけ皆様の時間を頂いてネタを披露している。そんな当たり前の風景のはずだった。しかしどうやら当たり前の風景ほど、脆く壊れやすいものは無いらしい。

少し腰の曲がった年配の御婦人が、人だかりとジョイマンを交互に見ながらステージの前を通り過ぎるのがふと目に入った。御婦人は、僕が「誠にすいまめ~ん!」と声高に叫び、両手を上げて意気揚々と決めポーズをするのを年季の入った目利きで見定めた後、「たいした人間ではない。」と呟いて去っていった。

なぜだろう。正直、その後のことはあまり覚えていない。いつも通りにネタが出来たのか、ウケたのかスベったのか、先方様にちゃんと挨拶をして帰れたのか、どうやって家まで帰ったのかも全く分からない。気付いたら真っ暗な部屋で布団に入っていた。意識はまだ、朦朧としていた。

――たいした人間ではない。

あの言葉が脳裏にこびりついていた。「たいした人間ではない。」僕はたいした人間ではない。まず"たいした人間"とはどんな人間なのだろうか。定義はよく分からないが、僕は自分が"たいした人間"だと思ったことは無いし、もちろん僕のことを"たいした人間"だと思って欲しいと願いながら「誠にすいまめ~ん」と言っているわけではない。

百歩譲って「たいした芸人ではない」なら分かる。お笑いの好みは自由だし、好きな芸人は年齢にもよるだろう。しかし「たいした人間ではない」となると話は別だ。人間。僕はあのひと時で人間を審査されたんだ。人間。人間とはいったい何なのだろう。また気が遠くなっていく。

薄れていく意識の中で、ある考えが頭をよぎる。もし。もし僕の耳に入った「たいした人間ではない。」という言葉の前に、本当は「まだ」が付いていたとしたら。僕には聞こえていなかっただけで、本当は、「まだたいした人間ではない。」と言っていたとしたら。

あのどこからともなく現れた御婦人は、定期的に僕を視察しに来て、僕が"たいした人間"になっているか"たいした人間"になっていないかを判定している審査員だとしたら。なるほど。だとしたら、わざわざ定期的に視察をする審査員が付いてくれるのは、いつか"たいした人間"になる見込みがある人間だけなのではないか。それは胸を張っていいことなのではないか。そうだ。僕もいつか"たいした人間"になれるのかもしれない。いや、きっとなってみせる。

僕は同じ部屋で眠っている妻と幼い娘に気付かれないように、静かに泣いた。なぜかは分からない。決意の涙なのか、祈りの涙なのか、とにかく温かな涙だった。

あれから数週間が経つ。似たような営業には何度か行っているが、僕は今も審査員から"たいした人間"の認定は受けていない。いまだに"たいした人間"がどういう人間なのかも分からない。しかし不思議と焦りは無い。もう僕の中にあの鐘の音は重苦しく響いていない。そう。いつか自分なりの"たいした人間"になれれば良い。

僕は「まだ」"たいした人間"になれていないだけなのだから。


筆者プロフィール: 高木晋哉

お笑い芸人。早稲田大学を中退後、2003年に相方の池谷と「ジョイマン」を結成。よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属。趣味は詩を書くことで、自身のTwitterでの詩的なツイートが話題となっている。
7月7日にルミネTHEよしもとにて、15周年記念単独ライブ「ここにいるよ。」を開催する。