2019年4月30日に幕を下ろす「平成」。マイナビニュースでは、「平成」の中で生み出されたエンタメの軌跡を様々なテーマからたどる。この連載は、「視聴率や俳優の人気は無視」のドラマ解説者・木村隆志が、平成元年から31年までのドラマを1年ごとに厳選し、オススメ作品をピックアップしていく。第6回は「平成6年(1994年)」(※以下はドラマの結末などネタバレを含んだ内容です。これから視聴予定の方はご注意ください)。

平成6年(1994)は2月にリレハンメル冬季五輪が開催されたほか、4月には現在も続く『めざましテレビ』(フジテレビ系)、『開運!なんでも鑑定団』(テレビ東京系)がスタート。その他にも芸能人料理バラエティの礎となった『チューボーですよ!』(TBS系)、池上彰の名を知らしめた『週刊こどもニュース』(NHK)、セキララグループトークの先駆け『恋のから騒ぎ』(日本テレビ系)など、個性あふれる新番組が誕生した。

8月には、ビートたけしがバイク事故を起こした影響で各局が混乱状態に。『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』『スーパーJOCKEY』(日本テレビ系)、『ビートたけしのTVタックル』(テレビ朝日系)、『たけし・逸見の平成教育委員会』(フジテレビ系)などが代役を立てて対応した。

10月8日には、プロ野球セ・リーグ中日vs巨人の最終戦が「勝ったほうが優勝」という世紀の一戦になり、中継視聴率は48.8%を記録。個人的には、3月に『お笑いマンガ道場』(日本テレビ系)、12月に『ねるとん紅鯨団』(フジテレビ系)が終了した年としての記憶がある。

数多くの名作がある中、TOP3には、「ドラマは時代の写し鏡」を体現するような3作を選んだ。

「愛を信じない」キャラが大終結

■3位『この世の果て』(フジテレビ系、鈴木保奈美主演)

鈴木保奈美

鈴木保奈美

この年、野島伸司が関わった作品は3本あるが、過激と不幸を盛り合わせたような……最も“らしさ”が凝縮されたこれを選びたい(その他は『人間・失格』『家なき子』)。

家に放火して父を殺したホステス・砂田まりあ(鈴木保奈美)、孤独で魂の抜けた生活を送るピアニスト・高村士郎(三上博史)、母を捨てた父を憎む経済界のプリンス・神矢征司(豊川悦司)、コインロッカーベイビーで顔の半分に火傷跡がある三島純(大浦龍宇一)、中学生時代に恋人の目の前で襲われたホステス・加賀美ルミ(横山めぐみ)。

登場人物には、心に闇を抱える「愛を信じられない」キャラが密集。過去のトラウマによる孤独から、その心は、ささくれ、やさぐれていた。特にヒロインのまりあは、キレやすく、タバコをふかしまくるなど、同じ東京を舞台にした『東京ラブストーリー』(フジテレビ系)の赤名リカとは真逆の悪女に挑む鈴木保奈美の演技が話題に。異父妹で盲目の砂田なな(桜井幸子)が唯一の汚れなきキャラだったため、その対比は鮮烈だった。

野島ドラマは、作品を問わず「今でも忘れられない」過激なシーンがあるものだが、当作は出色の多さ。

士郎が自らの手を傷つけることでピアニスト生命を絶ち、まりあへの愛を証明したシーン。過去の栄光が忘れられず覚せい剤に溺れ、まりあに暴力をふるい流産させたシーン。ルミに恨みを持つ佐々木実(小木茂光)が彼女の顔に硫酸をかけるシーン。ショックを受けるルミに、裏社会とつながるバーマスターの井野仁(松田勝)が、自らの目をつぶして彼女への愛を伝えるシーン。

そして極めつけは、最終回で神矢と結婚式を挙げたまりあが士郎を見つけて、ウェディングドレス姿でヘリコプターから飛び降りるシーン。全編を通して野島が訴えたかったのは、究極の愛情表現であり、「自己を省みない献身的な姿をどう描くか」という姿勢は一貫していた。

主題歌は、尾崎豊の「OH MY LITTLE GIRL」。1983年のデビューアルバム収録曲であり、亡くなってから約2年後のシングルカットだが、「当作のために書き下ろしたとしか思えない」と言われるほど世界観にハマっていた。

バカポジティブな痛快サクセスストーリー

■2位『お金がない!』(フジテレビ系、織田裕二主演)

織田裕二

織田裕二

両親を亡くし、小学生の弟2人を養わなければいけない極貧の萩原健太郎(織田裕二)が、一流企業で働くチャンスをつかむサクセスストーリー。「務めていた工場が倒産し、家を追い出され、借金取りに追われる」など、誰がどう見ても絶望的な状況の中、バカポジティブな発想で人生を切り拓く主人公を織田が好演した。

その後、健太郎は外資系保険会社ユニバーサル・インシュアランスのビル管理会社に入社。仕事に励みながら「ユニバーサル・インシュアランスへの転職」という無謀な計画を実行する。失敗を重ねながらも、ギリギリの強運でピンチを脱する健太郎は、社長・氷室浩介(石橋凌)に目をかけられ、ついに入社。氷室社長の側近として出世を果たすと、1円を見つけて大喜びし、兄弟3人で一匹の魚を食べていた姿から一変する。

まるで氷室社長をコピーしたかのごとく、クールで狡猾なエリートビジネスマンに生まれ変わったのだ。ただ、もちろん物語はこれで終わらない。健太郎は氷室に贈賄の罪をなすりつけられ、逮捕されてしまう。氷室のはからいで釈放されたが、納得がいかない健太郎は、悪事を暴いた上で退職。独立起業し、ボロボロの事務所と自転車で営業をはじめる……というドラマタイトル通りの結末だった。

織田は、前年の『振り返れば奴がいる』で演じた悪徳外科医・司馬江太郎から激変。個人的には、織田裕二が『世界陸上』で見せるような、突き抜けた姿を最も引き出した役柄ではないか、という印象を持っている。

しかし、織田の収穫はハマリ役だけに留まらない。当作で本広克行監督と出会い、絆を深めた織田は、『踊る大捜査線』のチーフ演出に推薦し、のちの大ヒットにつなげたのだ。

周囲のキャラでは、健太郎の幼なじみで、弟たちの世話を手伝う神田美智子(財前直見)。ユニバーサル・インシュアランスのエリート社員だが、健太郎のペースに巻き込まれ、生き方が変わっていく大沢一郎(東幹久)。ユニバーサル・インシュアランスの営業部長で、冷酷なキャリアウーマン・柏木麗子(高樹沙耶)。健太郎を執拗に追い回しながら、最後は人情を見せる借金取りの上野格次(今井雅之)と田端大助(高杉亘)ら、一人一人のキャラでスピンオフが可能なほど個性を放っていた。

2005年の草なぎ剛主演『恋におちたら~僕の成功の秘密~』(フジテレビ系)も、親の死・貧乏・ビル警備員・サクセスストーリーなどの共通点がある。しかし、状況の苦しさを感じさせない織田の演技と脚本・演出は、「閉塞感が漂い、人々が癒しを求める2010年代にこそウケるのではないか」という感が強い。

主題歌は織田裕二の「OVER THE TROUBLE」。歌詞の内容はドラマ同様に苦境だが、それを明るく乗り切るようなメロディが物語にフィットしていた。