ヒロインの描き方に一石を投じた新バイブル

■1位『29歳のクリスマス』(フジテレビ系、山口智子主演)

山口智子

山口智子

この年の放送に留まらず、毎年11~12月になると全国のフジテレビ系列各局で再放送されていた「平成時代のクリスマスバイブル」。改めて見直してみたが、まったく色あせないのは、「恋愛至上主義で、結婚がすべてのゴールだった」、これまでのクリスマス系ラブストーリーとは一線を画す人間ドラマだからか。

当作は、矢吹典子(山口智子)、今井彩(松下由樹)、新谷賢(柳葉敏郎)の恋愛・友情・仕事を視聴者に寄り添うような目線から、リアリティたっぷりに描かれていた。恋も仕事もうまくいかないけど、深刻になり切らず、適度にポジティブな3人。日々の厳しさに悩まされながらも流されず、自分らしさを忘れない3人。

同世代の視聴者たちに、「自分たちもこんな日々を送っている」、あるいは「私たちもそうでありたい」と感じさせることで支持を集めていった。なかでも効果的な演出だったのは、アラサーたちの心に突き刺さる名言の数々。

「大声で 叫びたいときがある でも、何を叫びたいのか分からない」「年だけ、大人 心は、まだ、ガキ」「シャクだけど 心が揺れる 結婚の二文字」「わたしは 人生に 不満です」「いっぱい 親不孝をして 子供は 大人になっていく」

「一度のキスで 夢中になれたころが あったのに…」「逃がした魚は 大きい! だろうか?」「ついさっき 振り切ったはずの 恋だったのに」「いつまでも つづく 幸福を下さい」「強く やさしく 素直になりたい」「幸福は ひとから もらうものではない」

ドラマの流れをいったん切ってまで、画面いっぱいに文字表示された名言を見るたびに、視聴者は3人に感情移入していった。しかも当時は、現在とは比較にならないほど、公私ともに男尊女卑社会。恋人とその家族、上司や同僚などから浴びせられるパワハラ、セクハラ、エイハラ(エイジハラスメント)に立ち向かう3人を応援せずにはいられないムードがあった。

理想と現実、プライドと妬み、こだわりと妥協、その間で揺れ動く3人を象徴していたのが最終回。一夜の関係から賢の子を妊娠した彩は、別の女性と結婚して仙台へ行く彼のことを思い、事実を告げずに笑顔で見送った。そして、典子は彩と子どもを支え、今の仕事に打ち込むことを決意して、物語は幕を閉じる。

最後に、女性の持つ愛の大きさや、母性の強さを見せつけて終了。社会の第一線で働く女性や、シングルマザーとしてたくましく生きる女性を印象づけたことが、同年代の視聴者だけでなく、その後の作品に大きな影響を与えた。「ヒロインの描き方に一石を投じ、その波紋が現在までつながっている」という意味で、分水嶺となった作品ではないか。

ちなみに、2005年放送の『曲がり角の彼女』(フジテレビ系)は、アラサーの恋愛と仕事を描き、名言をテロップ表示するなど、当作の妹的な作品。『29歳のクリスマス』で典子の敵役・深沢真穂を演じた稲森いずみが主演を演じて、視聴者に歳月の流れを感じさせた。

主題歌はマライア・キャリーの「恋人たちのクリスマス」。スタイリッシュなタイトルバックも含め、平成6年のドラマ主題歌として最も輝いていたと言っていいだろう。

『家なき子』『人間・失格』『妹よ』『古畑任三郎』

あらためて振り返ると、平成6年は個性的な主人公を描いた連ドラが多かった。主な作品は以下だが、それ以外でも稲垣吾郎主演『東京大学物語』(テレビ朝日系)、高橋由美子主演『南くんの恋人』(テレビ朝日系)、萩原聖人主演『若者のすべて』(フジテレビ系)、矢沢永吉主演『アリよさらば』などがある。

  • 安達祐実

    安達祐実

  • 萩原聖人

    萩原聖人

「小学生のヒロイン=正義vs大人=悪」の図式で、徹底的な不幸と闘いの日々描いた『家なき子』(日本テレビ系、安達祐実主演、主題歌は中島みゆき「空と君のあいだに」)。「同情するなら金をくれ」が流行語になったほか、安達祐実の“生涯イメージ”を決定づけた。ヒロインを何度となく助けた愛犬・リュウの名演技も忘れられない。

小学校受験にのめり込む3家族のホームコメディ『スウィート・ホーム』(TBS系、山口智子主演、主題歌は小泉今日子「My Sweet Home」)。玉ねぎ頭の幼児教室教師・小沢頼子(野際陽子)のほか、なぜか競歩をする吉永英世(段田安則)、全身エルメスで着飾った桜井かがり(高樹沙耶)など笑いどころが目白押し。最終回の「合格発表」では家族愛が爆発。

  • 赤井英和

    赤井英和

  • 和久井映見

    和久井映見

名門私立中学校でのイジメや体罰、息子を自殺に追い込まれた父親の復讐劇を描いた『人間・失格~たとえばぼくが死んだら』(TBS系、赤井英和主演、主題歌はサイモン&ガーファンクル「冬の散歩道」)。現在では放送不可能な過激描写が続き、野島伸司脚本の中ではファンの少ない作品だが、当時ほぼ無名の堂本剛と堂本光一の透明感は圧倒的だった。

地味なOL・松井ゆき子(和久井映見)が、大企業御曹司・高木雅史(唐沢寿明)と恋に落ちるシンデレラストーリー『妹よ』(フジテレビ系、和久井映見主演、主題歌はCHAGE&ASKA「めぐり逢い」)。雅史の妹・瞳(鶴田真由)をめぐる「どこまでもダサい」ゆき子の兄・菊雄(岸谷五朗)と、「限りなくチャラい」ミュージシャンもどき大野ケンジ(渡辺克己)の三角関係も見物に。

  • 田村正和

    田村正和

  • 坂井真紀

    坂井真紀

三谷幸喜が手がける倒叙サスペンスの決定版『警部補・古畑任三郎』(フジテレビ系、田村正和主演、主題歌はインストゥルメンタル)の第1弾はこの年だった。見どころは、犯人探しではなく、ジワジワと犯人を追い込む古畑の推理&トーク術。モノマネがひとり歩きした感のある田村の演技に加え、週替わりの大物ゲストも見どころの1つとなっていた。

結婚直前に婚約者が余命宣告され、同時に妊娠が発覚したヒロイン・佐藤千秋(坂井真紀)をめぐる愛憎劇『私の運命』(TBS系、坂井真紀主演、主題歌は松任谷由実「砂の惑星」「命の花」)。東幹久が婚約者と復讐心を隠し持つ男の2役を演じるほか、グチャグチャの人物相関図は、いかにも大石静脚本らしかった。

兄の遺志を継ぎ、日本一の酒造りに挑むヒロインの姿を描いた『夏子の酒』(フジテレビ系、和久井映見主演、主題歌は熊谷幸子「風と雲と私」)。健康的な美しさを放つひたむきなヒロイン、農業全般に関わる問題提起、酒蔵での長期ロケなど、文句なしの力作。ドラマの感動を追い風に、日本酒ブームを巻き起こした。和久井と萩原聖人は、当作での共演をきっかけに結婚。

■著者プロフィール
木村隆志
コラムニスト、芸能・テレビ・ドラマ解説者、タレントインタビュアー。雑誌やウェブに月20~25本のコラムを提供するほか、『週刊フジテレビ批評』『TBSレビュー』などに出演。取材歴2000人超のタレント専門インタビュアーでもある。1日のテレビ視聴は20時間(同時視聴含む)を超え、ドラマも毎クール全作品を視聴。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』『話しかけなくていい!会話術』など。