2019年4月30日に幕を下ろす「平成」。マイナビニュースでは、「平成」の中で生み出されたエンタメの軌跡を様々なテーマからたどる。この連載は、「視聴率や俳優の人気は無視」のドラマ解説者・木村隆志が、平成元年から31年までのドラマを1年ごとに厳選し、オススメ作品をピックアップしていく。第15回は「平成15年(2003年)」。

※以下はドラマの結末などネタバレを含んだ内容です。これから視聴予定の方はご注意ください。

平成15年(2003)の世間的なキーワードは、「イラク」。3月にイラク戦争が勃発し、11月に日本人外交官射殺事件があり、12月に元大統領のサダム・フセインが拘束されるなど、報道番組を超えてワイドショーまで「イラク」の文字が席巻していた。

テレビ業界のニュースとしては、12月1日に日本初の地上デジタル放送がスタート。「新時代の幕開け」として業界関係者は沸いた反面、視聴者の反応は予想以上に薄かった。

主な番組では、『アメトーク!』(テレビ朝日系)、『ぴったんこカン・カン』(TBS系)、『ネプリーグ』(フジテレビ系)、『エンタの神様』(日本テレビ系)がスタート。一方で、『ガチンコ!』(TBS系)、『B.C.ビューティー・コロシアム』(フジ系)、『debuya』(テレビ東京系)などが終了した。

ドラマのTOP3には、高品質の医療ドラマ、恋愛ドラマ、ヒューマンドラマの3作を選んだ。

■重さを感動が上回る医療ドラマの傑作

3位『Dr.コトー診療所』(フジ系、吉岡秀隆主演)

吉岡秀隆

吉岡秀隆

2003年は大学病院や医学界の実態を描いた『白い巨塔』(フジ系)と『ブラックジャックによろしく』(TBS系)が放送された医療ドラマの当たり年。医療現場をシリアスかつシビアに映し出す作風がトレンドとなっていた。

ただ、両作が北風なら『Dr.コトー診療所』は太陽。「医療環境の不十分な離島」というシリアスかつシビアな設定を、穏やかな主人公、素朴な島の人々、美しい風景がやわらげていた。同作は、志木那島の診療所に来た都会の医師が離島医療の厳しさを知り、「医者としてどうあるべきかを考えさせられる」という重いテーマの作品。しかし、脚本・演出・プロデュースの妙で、その重さを感動がはるかに上回る名作となった。

現在は説明ゼリフやナレーションを多用したハイテンポな作品が大半だが、当作の世界観は真逆。のどかな日常と自然をゆったりと描き、俳優のセリフにしっかり間を取るなど、視聴者が島民の暮らしに思いをはせ、「医療とは何か?」を考えさせる余白を作っていた。

だからこそ視聴者は島民とその生活が愛おしく見え、彼らの問題に感情移入し、病気やケガの緊急事態には本気心配してしまう……つまり、都会に住む人々までも、島民になったかのような疑似体験をさせる、中江功らの演出が冴え渡っていた。

当作は、最上の医療ドラマである以上に、最高級のヒューマン作でもある。フジテレビは2002年に21年もの歴史を持つ『北の国から』シリーズを終了させていた。ならば、北の次は南へ。「ロケーションの美しさをベースにしたヒューマン作」という伝統は見事に受け継がれた。

数多くの医療ドラマはあれど、「理想の医師は?」という問いかけに、「コトー先生」と答えるドラマフリークは多いのではないか。それもまた当作の魅力であり、最終作から12年が過ぎた今でも続編を望む人がいる理由となっている。ロケが行われた与那国島には、診療所のセットが残り、観光客が訪れているという。

主題歌は中島みゆき「銀の龍の背に乗って」。曲に合わせてコトー先生が自転車で島を走るタイトルバックはドラマ史に残る映像美。

■クドカンがラブストーリーに初挑戦

2位『マンハッタンラブストーリー』(TBS系、松岡昌宏主演)

宮藤官九郎

宮藤官九郎

視聴率は全話平均7.2%と、当時としては記録的な惨敗。同時間帯で『白い巨塔』が放送されていたあおりをモロに受けたのだが、当作が万人ウケするものではなかったのも事実だ。

当時TBSは「宮藤官九郎、初のラブストーリー」を売りにしていたが、その物語はノンジャンルと言っていいほどトリッキー。テレビ局の近くにある喫茶店「マンハッタン」の関係者や客が、A(タクシー運転手の赤羽伸子・小泉今日子)→B(振付師の別所秀樹・及川光博)→C(脚本家の千倉真紀・森下愛子)→D(声優の土井垣智・松尾スズキ)→E(アナウンサーの江本しおり・酒井若菜)→F(俳優の船越英一郎・本人役)→G(アルバイトの蒲生忍・塚本高史)……と名前のアルファベット順に片想いしていくという筋書きは、意外性に満ちていた。

さらにクドカンは、片想いの方向がリバースしたり、偽名や性別違いが発覚したり、予測不可能な仕掛けを連発。ほぼしゃべらず心の声だけの主人公、各キャラが乱れ打ちする回想と妄想、ドラマ・イン・ドラマ「軽井沢まで迎えにいらっしゃい」などの大ネタ・小ネタ満載で、「これぞクドカンワールド」と称えられる隠れた名作となった。

前述した以外にも、土井垣智の妻で声優・土井垣春子(YOU)、赤羽の先輩タクシー運転手・井堀真彦(尾美としのり)、再現ドラマの女(猫背椿)、軽井沢夫人(遠山景織子)など、渋滞しそうなほどキャラの宝庫。ただ、笑いの中に潜ませたピュアな人間模様と、本質を突いた名ゼリフは、「さすがクドカン」としか言いようがない。

また、脚本家の千倉による「私のドラマが低視聴率なのは裏番組が強すぎるから」「記録より記憶だっつうの」などのセリフは、当作の現実と奇跡のシンクロ。ただその笑いの質が肌に合わない人にとっては、「どこが面白いのかさっぱり」なことも含め、今なお「究極のオリジナリティ」と語り継がれる一本となっている。

主題歌は、TOKIO「ラブラブマンハッタン」。作詞もクドカンが手がけ、のちにグループ魂がカバーした。