小室哲哉氏

――平成の音楽シーンを代表する事象として、「TKブーム」(90年代中盤)がありましたが、『HEY!HEY!HEY!』の初期はそのど真ん中でしたよね。

きくち:『HEY!HEY!HEY!』は最初、アーティストの方が警戒していたんですよ。みんなダウンタウンは知らないと怖いじゃないですか(笑)。こっちだってどうなるのか分からないくらいだったんだから。それでみんな「1回見てから」と言うんだけど、次のリリースタイミングを考えると3カ月先になっちゃう。そんな頃に、プロデューサーの水口(昌彦、現・ポニーキャニオン常務)さんと小室(哲哉)さんを会わせるために、宇都宮のtrf(現・TRF)のライブまで水口さんを連れていって、「trfで行きましょうよ」と話したんです。それで、小室さんもトークに参加したんですが、浜田(雅功)さんに「なんで篠原涼子なんかに曲(「恋しさと せつなさと 心強さと」)書いたんですか?」と言われた小室さんが、待ってましたとばかりに「頼まれたら断れないので、今ここでダウンタウンの2人に曲を作れって言われたら断れない」という言い方をしたんです。そうなると、ダウンタウンから当然「ミリオンセラーお願いします」となって、H Jungle with tの「WOW WAR TONIGHT ~時には起こせよムーヴメント」(Wミリオンの大ヒット)になるんです。

山田:H Jungle with tさんが『紅白』に出ていただいた年、僕は紅組のFD(フロアディレクター)チーフをやっていたんです。松本(人志)さんも登場してダンサーがもう大騒ぎで、乗ってた巨大なセットがずれ出したんですよ。それを、大道具さんと一緒に必死で止めていました。そしたら、アドリブで浜田さんと小室さんが客席に降りて行ってしまったんです。急すぎて対応するものが誰もいなかったので、2人をステージに引き戻す役をやったことを覚えています(笑)

■『HEY!HEY!HEY!』の反省から生まれた番組

きくち:小室さんには個人的にもいろいろとあって(笑)。『HEY!HEY!HEY!』が始まって、ミスチルの回で初めて視聴率が20%を超えたんですよ。それで会社に評価してもらって、年が明けて4月から、タワーレコードの1社提供で深夜に音楽番組をやらせてもらえることになったんです。条件はこれだけで、1人でゼロから番組を作るのは初めてだったから、佐野元春さんの『サウンドストリート』、大瀧詠一さんの『ゴー・ゴー・ナイアガラ』、吉田拓郎さんの『オールナイトニッポン』と、自分の聴いてたラジオ番組をテレビでやりたかったんですけど、どれも実現せず、じゃあ小室さんなら断らないだろうと思って始めたのが『TK MUSIC CLAMP』でした。小室さんは、本当にそばにいた共同作業者みたいな感じなんですけど、実はこの番組には『HEY!HEY!HEY!』の反省があったんです。

――反省ですか?

きくち:『HEY!HEY!HEY!』にJUDY AND MARYが出たときに、当時はまだ「Over Drive」を出す前で、浜田さんにYUKIちゃんを説明するときに「ロリータパンク」という言葉を使ったんですよ。それが浜田さんの頭の中に残ったみたいで、トークで浜田さんが「おまえ、ロリータパンクって言われてるそうやないか」って聞いたら、YUKIちゃんは真面目な子なんで「ロリータパンクっていうのは…」って説明を始めてしまったんですよ。そうするとダウンタウンもお客さんもテンションが下がってしまって、そのときに『HEY!HEY!HEY!』では音楽の話をしちゃいけないんだって理解したんです。だから、半年後に始まった『TK MUSIC CLAMP』は、音楽の話しかしない番組にしようと思ったんです。その後、『HEY!HEY!HEY!』以降に、世の中全部お笑い音楽番組になっちゃったので、笑わない音楽番組を作ろうと思って始めたのが『僕らの音楽』。その志は、今『SONGS』さんが継いでくれていると思っています(笑)

――山田さんは、小室さんとのお付き合いはいかがですか?

山田:僕はそのころ『ふたりのビッグショー』という歌謡番組をやっていたので、いわゆる小室ファミリーのアーティストは『ポップジャム』をやっていたスタッフが一番仕事をしていたと思います。でも、H Jungle with tのセットをグイグイ動かす感じや、着地点を考えずに客席に降りていってしまっても、それをみんなが許すという雰囲気に、当時の勢いを感じましたね。

●きくち伸
1962年生まれ、岩手県出身。筑波大学卒業後、85年にフジテレビジョン入社。『夜のヒットスタジオ』『HEY!HEY!HEY! MUSIC CHAMP』『LOVE LOVEあいしてる』『TK MUSIC CLAMP』『堂本兄弟』『僕らの音楽』『MUSIC FAIR』『FNS歌謡祭』などを担当し、「フジテレビ音組」をけん引。現在はコンテンツ事業室ゼネラルプロデューサーとして『坂崎幸之助のももいろフォーク村NEXT』などCS放送の番組を担当。

●山田良介
1964年生まれ、北海道出身。北海道大学卒業後、89年にNHK入局。『NHKのど自慢』『ふたりのビッグショー』『NHK歌謡コンサート』『熱唱オンエアバトル』『きよしとこの夜』『ザ少年倶楽部』『洋楽倶楽部』『今日は一日HRHM三昧』などを担当し、『NHK紅白歌合戦』は13年にチーフ・プロデューサー、03年、04年、15年に演出を担当。現在はNHKエンタープライズ制作本部エンターテインメント番組部長。『アニソン!プレミアム!』などアニソン関連番組を担当。