連載『経済ニュースの"ここがツボ"』では、日本経済新聞記者、編集委員を経てテレビ東京経済部長、テレビ東京アメリカ社長などを歴任、「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーとして活躍、現在大阪経済大学客員教授の岡田 晃(おかだ あきら)氏が、旬の経済ニュースを解説しながら、「経済ニュースを見る視点」を皆さんとともに考えていきます。
いよいよ中国の"バブル崩壊"が始まった!?
先週はギリシャ危機に続いて中国の株価が急落し、世界中をヒヤリとさせました。かねて中国経済のバブル崩壊の可能性がささやかれていただけに、「いよいよ始まったか」と思わせる展開です。今後、中国のバブル崩壊と株価下落が本格化すれば、世界経済と日本経済への影響はギリシャ危機のそれをはるかに上回るものになる恐れがあります。
実は中国株の下落は以前から心配されていたところでした。上海株価総合指数はここ2~3年は2000ポイント前後で低迷が続いていましたが、昨年秋以降に急ピッチで上昇し始め、今年6月12日には5166ポイントまで上昇しました。半年余りで2倍以上に上昇したことになります。
昨年秋以降、半年余りの株価上昇の3つの要因
この間の株価上昇には3つの要因がありました。第1は、中国人民銀行による相次ぐ利下げです。このところ中国の景気は減速傾向が強まっており、それに対応して昨年11月、今年3月、5月と、3回の利下げを実施しました。利下げは一般的に株価上昇要因となりますので、これによって多くの投資資金が株式市場に流入しました。
第2は不動産市況の悪化です。従来は不動産価格の値上がりが続いていましたが、一足先に不動産価格の下落が始まり、投資資金が不動産市場から株式市場にシフトしてきたからです。
第3はこうした中で中国政府が株式投資を促進する政策をとってきたことがあげられます。中国は外国人の株式投資を制限する一方で、個人投資家の株式投資を推奨し、今年4月には複数の証券口座の保有を解禁するなどの対策を進めてきました。最近は富裕層だけではなく、かなり幅広い層で株式投資がブームのようになっていました。
こうした3つの要因を背景に株式相場では過熱感が高まっていました。しかし不動産市況はすでに悪化し、多くの経済指標も景気減速を示すものがほとんどなのですから、その中で株価だけが上がり続けていたことになります。まさにバブルのような様相を呈していたわけで、そのような状態は長続きしないだろうとの懸念が強まっていたのでした。
なぜ突然のように株価が急落したのか?--中国の株式市場に"特殊性"
それにしても突然でした。6月12日の高値のあと、株価は急速に下落に転じ、7月8日には上海株価総合指数は3507ポイントまで下落しました。この1カ月足らずで株価の下落率は32%に達したことになります。
なぜ突然のように株価が急落したのでしょうか。一言で言えば、あまりに急激な株価上昇の反動が出たというでしょう。中国当局が相場の過熱を防ぐため信用取引の規制を強化したことがきっかけの一つになったともみられます。株価下落に対応して、6月27日には中国人民銀行が昨年11月以降では4回目となる追加利下げに踏み切りましたが、これも投資家に「そこまで景気が悪いのか」と思わせ逆効果となった面がありました。こうなると売りが売りを呼ぶ展開となり、多くの個人投資家がパニックに陥った様子はテレビでも報道されていた通りです。
ただここまでショックが広がった要因として、中国の株式市場の特殊性も指摘しておく必要があります。中国では外国人の株式投資は制限されているほか、年金基金や投資信託、生保など健全な機関投資家があまり育っておらず、投資家の8割が個人投資家と言われています。外国人投資家や機関投資家はグローバル投資の観点から各国の経済状態などを分析し、それにもとづいて資金運用の一環として株式投資をしていきますが、中国の個人投資家の多くは投資経験が浅いだけでなく、株式投資の仕組みやリスクについても十分な知識がないまま「政府が推奨しているから」と多額の株を購入する人も少なくないそうです。そのため他の国の市場以上に、株価が上昇すると買いが集まり株価上昇に弾みがつきやすく、いったん下落が始まるとパニック売りになりやすいのです。
中国当局の対応にも"特殊性"
中国当局の対応にも"特殊性"が表れています。今回の株価急落に対応して中国当局は矢継ぎ早で株価対策を打ち出しました。その主なものは別表の通りですが、追加利下げや信用取引規制緩和などは理解できるとしても、証券会社21社に1200億元(2兆4000億円)にものぼる上場投資信託を共同で買い入れるよう指示したことや国営企業に自社株買いを要請したことなどは、直接市場に介入したようなものです。さらに、上場企業の経営者・大株主に6か月間の株式売却の禁止を通告したことや「悪意ある空売り」の取り締まりを表明したことなどは、日米欧の先進国では考えられないことです。
これは、株価下落が政権批判に結びつくことへの危機感の表れと見ることができます。前述のように中国では個人投資家が圧倒的に多く、しかも"政府の推奨"を信じて全財産をつぎ込んだといった人も多いという事情があるからです。
その象徴が、「悪意ある空売り」を取り締まるという方針です。報道によれば、公安省の次官が証券監督当局を訪れて共同で取り締まることを決めたそうですが(日本経済新聞7月9日付け夕刊)、本来は治安維持を主な任務とする公安当局が乗り出してきたことは、中国政府が株価安定を経済対策としてだけでなく、政権批判押さえ込みと社会秩序維持の観点から重要だととらえていることを示しています。
これら一連の株価対策が巧を奏した形で、上海株価総合指数は7月8日に安値をつけた後は2日連続で上昇しました。しかしそれは前述のように人為的に株価下落を止めている結果です。
しかも今回の株価下落と個人投資家の損失拡大が消費を冷え込ませ、さらなる景気減速につながる可能性があります。現在の中国経済は鉄鋼や基礎資材部門は供給過剰に陥っているほか、不動産市況の悪化、銀行の不良債権問題など構造的な問題を抱えています。このような状況の中では景気はなかなか浮上しにくいもので、株価も不安定な展開が続きそうです。
ギリシャ危機が中国の景気と株価に及ぼす影響に注意
もう一つ、中国の景気と株価にとって注意すべき点があります。それはギリシャ危機の影響です。6月中旬以降に上海株が下落に転じたのは、ギリシャ支援の期限だった6月末を控えてチプラス政権とEUとの交渉が難航したことも一因となっていたのです。中国のギリシャの直接の経済関係はわずかですが、ギリシャ危機によって欧州全体の景気が悪化すれば中国にも影響が及ぶからです。
中国と欧州の経済関係は意外なほど深いものがあります。中国にとって最大の貿易相手は、実はEUなのです。中国税関総署のデータによれば、今年1-4月の国・地域別の貿易額(輸出・輸入合計)は1位がEUで、全体の14.6%を占めています(ちなみに、2位は米国、以下、ASEAN(東南アジア諸国連合)、香港の順で、日本は5位です)。
したがって欧州の景気が悪化すれば同地域向けの輸出減少という形で影響をもろに受ける可能性があるのです。もともと欧州の景気は低空飛行が続いており、今年1-4月のEUとの貿易額は前年同期比では5.3%減となっています。日中関係の悪化で貿易が減っている日本を除けば、すでに欧州の景気低迷の影響を受けていることが分かります。ギリシャ情勢は打開の動きが続いていますが、ギリシャの行方もさることながら、欧州全体の景気が低迷が続くようなら、その影響はむしろこれから出てくることが予想されます。
今週は株価が本当に下げ止まったどうか見きわめる展開となりそうです。それにはギリシャ情勢の行方も影響するでしょう。また15日発表予定の4-6月期GDPも注目です。
中国の実質GDP成長率はこのところ鈍化傾向が強まっており、今年1-3月期は7.0%増となりました。中国政府は「成長率7%前後」を今年の目標としていますが、第1四半期で早くもその目標ギリギリのところにまで鈍化したことになります。今後さらに鈍化するようなら政府目標達成は難しいことになりますが、4-6月期の市場の予想平均は6.8%前後となっています。ただ4-6月期にはまだ株価下落とギリシャ情勢の影響はほとんど反映されていないでしょう。今後どのような形で影響が出てくるか、今後も注視が必要です。
執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)
1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。