連載『経済ニュースの"ここがツボ"』では、日本経済新聞記者、編集委員を経てテレビ東京経済部長、テレビ東京アメリカ社長などを歴任、「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーとして活躍、現在大阪経済大学客員教授の岡田 晃(おかだ あきら)氏が、旬の経済ニュースを解説しながら、「経済ニュースを見る視点」を皆さんとともに考えていきます。


ますます読めなくなったギリシャ情勢、国民投票は本当の"民主主義"?

世界中の注目を集めたギリシャの国民投票は、予想外の大差で「緊縮反対」が"勝利"しました。これによってギリシャ情勢の行方はますます読めなくなったというのが正直なところです。

そもそも今回の国民投票は、本来の民主主義のあり方から見てきわめて問題の多いものでした。チプラス首相は国民投票前に何度かテレビ演説し、「緊縮にNOを」と国民に呼びかけていましたが、そのYESかNOかを問う対象であるはずのEUの財政改革案について国民に詳しく説明した様子はありませんでした。また「これはユーロ離脱を問うものではない」とも強調していましたが、緊縮反対を貫けばユーロ離脱につながる可能性があるわけで、そのことに触れないのは明らかに意図的だったと言えます。また政府が「NO」への呼びかけをくり返した半面、YESの主張が国民に周知される機会が十分与えられていたのでしょうか。

こうしてみると、今回の国民投票が本当の意味で民意を表したと言えるのか、いささか疑問が残ります。皆さんもよく御存じのように、ギリシャは民主主義発祥の国であり、直接民主主義から始まっています。国民投票はまさに直接民主主義の手法で最も民主的に見えますが、しかし本当の民主主義とは同時に責任を伴うものです。その観点から言えば今回の国民投票の結果が、EUなど国際社会に対して、そしてギリシャの将来に対して本当に責任を果たすことになるのでしょうか。

パルテノン神殿は古代ギリシャ民主主義の象徴(2012年、筆者撮影)

EUが譲歩すると2つの問題

それでは今後のギリシャ問題はどうなるのでしょうか。国民投票の結果を受けてEUは急きょ、7日に首脳会議を開き、今後の対応を協議することになりました。報道によりますと、ギリシャ政府はこの席で新たな提案を出すということですが、チプラス首相は国民投票の結果を盾にこれまで以上に強硬に緊縮緩和を要求してくる可能性があります。

これに対しEUは「民意」を尊重して譲歩するのでしょうか。しかしEUが譲歩して緊縮緩和や追加金融支援を認めると2つの問題が生じてきます。一つは、"ごね得"を許してしまえば、「それなら我が国も」とイタリアやスペインなどに緊縮緩和の動きが広がるおそれがあることです。もう一つはギリシャへの譲歩はEU各国の自国国民の反発を招くことです。EUなどのギリシャ支援はもともとは各国の税金が間接的に回っていくものですから、特にドイツ国内では「放漫財政を続けた怠け者のために私たちの税金が使われるのは許せない」との声が一段と強まることは必至です。ですからそう簡単に譲歩するわけにはいかないのです。

しかしその半面、EUには緊縮緩和要求拒否を貫けない事情もあり、悩ましいところです。国民投票には前述のような問題点があったと言っても、やはり民意は民意ですから、ある程度は考慮せざるを得ないのが現実でしょう。そのうえ追加支援も拒否すればギリシャのユーロ離脱が現実味を帯びてくる可能性がありますが、EU首脳がそれを決断できるかどうか。何しろこれまでの欧州統合という壮大な戦略がつまずくことになりますし、もしギリシャのユーロ離脱を機にロシア側に追いやってしまうことにでもなれば欧州全体の安全保障にもかかわる重大な事態となりかねません。

今後の事態の展開、焦点は3つ

このように、今後の事態の展開はなかなか読みにくいのですが、焦点は3つあります。まず、ギリシャ政府の資金繰りです。ギリシャ政府は当面、7月20日に35億ユーロ(約4700億円)の国債償還を控えています。これはECB(欧州中央銀行)が民間金融機関から買い取って保有しているものですが、これが返せないとギリシャの国債の信用はほとんどゼロに等しくなると言っても過言ではないでしょう。

すでにギリシャ政府はIMF(国際通貨基金)への返済(15億ユーロ)期限が6月30日でしたが、返済しませんでした。このためIMFはギリシャを「延滞国」としていますが、これに続いて35億ユーロの借金返済もできなければ、完全なデフォルト(債務不履行)状態となります。しかしギリシャ政府の金庫にはほとんどおカネがないため、返済のためには新たな金融支援が必要なのです。したがって7月20日までに金融支援についての交渉がまとまるかどうかが焦点となります。

第2の焦点は、民間銀行の資金繰りです。ギリシャ政府は6月29日から銀行を休業させるとともに、預金引き出し額の制限や海外送金禁止などの資本規制を実施しています。当初は銀行休業を7月6日までとしていましたが、これを延長するようです。ギリシャの各銀行のおカネがないからで、ECBが緊急流動性支援(ELA)という制度を使ってギリシャ中央銀行を通して各銀行に緊急資金を供給して、なんとかしのいでいるのが現実なのです。

このような状態は市民生活に重大な支障が出始めています。先日、アテネ市内に住むギリシャ人の知人にメールで様子を聞いたところ、「家賃を現金で払わなければならないのに、1日60ユーロ(8000円余り)しか引き出せないので困っている」との返事がきました。銀行休業が長引けばもっと生活への影響は深刻なものになるでしょう。

しかし現状のままで銀行を再開すれば、今度は多額の預金流出が起きて、ELAによる資金供給を大幅に増やさなければ、たちまちのうちにギリシャの各銀行は破たんしてしまうような状態です。銀行休業がいつまで続くのか、そして再開後の混乱は避けられるかどうか、銀行破たんは避けることができるかどうかが焦点です。

ちなみに、ギリシャに進出している日本企業の対応も電話で取材してみました。三井物産アテネ支店ではすでに4月頃から「週末に何か起こるといけないので、週末には銀行口座になるべく現金を残さないようにしている」とのことでした。同社ではまた「オフィスの家賃や従業員給与の支払いを、ロンドンの欧州現地法人本社から行うように変更済み」だそうで、万全の態勢で危機管理にあたっているようです。

第3の焦点は、ユーロ離脱はあるのかということです。多くのギリシャ国民は緊縮にはNOに投票しましたが、ユーロ離脱は望んでいません。ギリシャ政府も同じです。EUにとっても、もしギリシャのユーロ離脱ということになれば、これまでユーロ統合を進めてきた基本戦略そのものの練り直しを迫られることになりますし、遠心力が強まることは避けたいはずです。つまりギリシャ側、EU側の双方ともにユーロ離脱は望んでいないわけで、実際にユーロ離脱まで突き進む確率は低いと見ています。

ただそれでも国民投票前と比べると、ユーロ離脱の確率は高まったと言わざるを得ないでしょう。前述の7月20日までに交渉がまとまらなければ時間切れとなり、ギリシャは完全なデフォルト状態となってしまいます。政府も銀行もおカネが底をつき、通常の経済活動もマヒしかねません。

そのため緊急避難的にユーロの代替として、ギリシャ国内だけで通用する「借用保証書」を発行する可能性がささやかれ始めています。これはユーロとは別に臨時の通貨が発行されることになるもので、事実上のユーロ離脱という意味合いを持ってきます。いわばなし崩し的なユーロ離脱ということになります。その可能性も一応頭に入れておいた方がいいかもしれません。

ギリシャが経済再建に取り組み、それをEUが支援することこそ最も必要

このように当面は以上の3つが焦点ですが、それらを乗り切ったとしても中長期的な先行きにも大きな困難が横たわっています。当面の資金繰りをしのいでも、チプラス政権が要求するように緊縮を緩和しても、それらはあくまでも当面の対策であって、抜本的な財政再建への道筋は見えてきませんし、疲弊している経済を立て直す戦略も描けていません。

現在のギリシャ経済はすでに3年近くも失業率25%超という異常な事態が続いています。実質GDPも2008年~2013年まで6年連続で大幅なマイナス成長で、2014年は0.8%増とわずかながらプラスになりましたが、今年の1-3月期は再びマイナス成長に沈んでいます。このような経済をそのままにしていて、財政再建ができるわけがありません。

実はこれまでの財政緊縮の一方で、何ら経済活性策がとられてこなかったことがむしろ最大の問題点だったと言えます。つまり成長戦略です。ギリシャ政府が経済再建に取り組み、それをEUが支援する――本当はこれこそ最も必要なことなのです。

執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)

1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。