漫画家・コラムニストとして活躍するカレー沢薫氏が、家庭生活をはじめとする身のまわりのさまざまなテーマについて語ります。

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今回のテーマは「想定外」である。

まずこのテーマ自体があまり想定内ではない気がする。むしろどんなものが出来上がることを想定してこんなテーマにしてくるのか構想を聞いてみたい。

想定とは、予想や計画のことだ。

つまり想定外というのは予想外なことが起こったり、計画通り行かなかったりするという意味だ。

私は意外と想定外になることがない。

何故なら、想定外というのはまず想定ができないと起こらないのだ。レールも最初に敷くことができなければ脱線もできないのである。

私はそもそも先のことを考えたり計画を立てたりすることができないため、何が起こっても想定外ということはないのだ。

一応毎回「ぶっつけ本番で挑むことで、隠されていた潜在能力に目覚める」という計画は立てているのだが、計画通り行ったことはない。

そういう意味では想定外なのだが、そうなること自体、なんとなく想定内なので驚きは特にない。

しかし、漫画も計画が必要な職業である。

毎回話が切り良く終わる、ショートストーリーものなら良いが、ストーリーものの場合は計画を立てて描かなければならない。

ノープランで始めてしまうと、毎回「お前は!?」などの意味深な締めで来月の俺に託すことになってしまう。

ストーリー漫画の中にも「暗黒仮面武道無限遊郭編」など、話の区切りがあるものだが、それが異様に長いときは、作者が話のオチを思いつくまで、バトンを来月の俺に託し続けている可能性がある。

しかし、漫画というのはどれだけ最後まで計画を立てていても、計画通り描けないことも多い。

料理の仕事であれば、やっと冷凍肉を常温に戻したところで「あと3工程で完成させてください」と言われることはあまりないだろう。

だが、それを言われるのが漫画である。

どれだけ綿密な計画を立てても「読者の人気を得る」という一工程をクリアできなければそれ以上の計画遂行はできなくなるのだ。

むしろ、そうなった場合「伏線」という名の周到に用意した材料が仇になってしまう。

スポンサーから「あと3分で完成させてください」サインを出された場合「あの意味深に置かれていたオリーブオイルは結局使わず終い」で読者に消化不良を起こさせるか、全ての材料をブチ込んで「完成です!」と出して、読者に「打ち切り臭ハンパない」とTwitterにつぶやかれるかになってしまうのだ。

よって漫画の計画は、詰めすぎるのではなく、いつあと3回で終われと言われても大丈夫な柔軟性も必要なのである。

また、描いているうちに新しいアイデアが出てくることもあるし、読者の反応によって展開を変えることもある。

特に今はSNSで読者の反応がダイレクトに伝わってくるのでそういうことも増えているのではないだろうか。

作者はただの付け合わせのつもりで黒豆を出したのに、読者が「これからあの黒豆が勝負の鍵になるに違いねえ」と思わぬ反応を示すこともある。

連載の継続は読者人気にかかっているのだから、読者の期待はある程度考慮しなければならない。

よって、ハンバーグ、カレー、オムライスの3本柱で進めるところに黒豆を加えた四天王体制に変えたりと、読者の反応でチョイ役がメインキャラになることは珍しいことではない。

このように漫画というのはある程度計画は必要だが、製パン工場とかよりはノープランや途中で計画を変えても何とかなる仕事なので、私も何とか続けていられるといえる。

あの藤子先生だって予告を出してからドラえもんを考えたという話もある。

「稲の状態の小麦しかねえけど最終的に何かのパンが完成すると信じて始める」が許され、本当に美味いメロンパンが完成することがある、ということだ。

このコラムも毎回「もみがついたままの米」みたいなテーマを渡され、これで何か美味いものを作れと言われているような感じだ。

それに対し私は「書いている途中で何かの潜在能力に目覚め傑作ができる」という綿密な計画で挑み続けているのだが、いまだに計画通り行った試しがない。

計画は完璧なのに、なぜうまく行かないのか不思議である。

そういう意味ではこのコラムの存在自体、想定外といえる。