前回は、JR東日本が開催したイベントで、UWBを使ったウォークスルー改札が公開されていたことをレポートしました。その同じイベントで公開されていたのがUWBを使った決済の仕組みです。こちらはソニーが出展していたもので、厳密に言えばJR東日本の技術展示ではないのですが、Suicaの将来を語るにあたっては見逃すことができない技術なのです。

  • UWBでSuica決済

    UWBでSuica決済

UWBによる決済の世界

UWBは、Ultra Wide Band、超広帯域無線と呼ばれる無線技術です。無線LANやBluetooth、NFCなどの無線通信であり、世界的にも今後普及が期待されている次世代の技術の1つです。

国際的な業界団体FiRa Consortiumによる規格策定では、ウォークスルー改札向けのUWBの仕様が定められています。「FiRa Public Transport Profile」では、駅の入口から駅構内の位置把握、そしてタッチレスの改札通過までをカバーする、という仕様になっています。JR東日本のデモでは、このうちの改札の部分だけが示されていました。

  • FiRa Public Transport Profileの説明図

    FiRa Public Transport Profileの説明図(AIによる生成)

仕様上は、UWBモジュールを追加すれば導入できるようになっており、既存のSuicaなどとも共存することも想定されています。日本の鉄道では基本的に改札が存在していますが、バスの乗降や入退室管理にも応用できるとされています。

このFiRa Public Transport ProfileはFiRaの「FiRa Core 3.0」で導入された仕組みですが、さらに現在は最新の「FiRa Core 4.0」が登場しました。こちらでは、仕様の機能向上やスマートロック規格の「Aliro」との連携などが追加されています。UWBの標準規格は「IEEE802.15.4z」ですが、さらに現在は次世代として「IEEE802.15.4ab」の策定が行われています。

こうした仕様策定に加えて重要なのが、FiRa Consortiumと他の標準化団体などとの連携です。FiRa Consortiumは決済に関してはクレジットカードの業界団体であるEMVCoと連携をしています。今回の話に関連するのはEMVCoの「Wireless Task Force」です。2020年に発足したこのタスクフォースは当初Wi-FiやBluetooth、モバイル通信といった無線通信と決済の組み合わせを検討してきた(NFCは別)のですが、2024年頃にはそこにUWBも追加されています。

このUWBを使った決済に関しては、2024年にJCBが「近づいてチェック」プロジェクトを発表し、2025年にはトヨタ・コニック・アルファがモバイル運転免許証とUWBなどを組み合わせて決済をする実証を行うなど、少しずつ検証が行われてきました。直近では、JCBとりそなホールディングスがUWB決済の実用化に向けた基本合意書を締結しています。

そういった背景の中で行われた今回のデモ。前述の通り、JR東日本が実施したものではないのですが、Suicaは交通乗車だけでなく店舗決済にも使われており、同様にUWBでもSuicaの決済実現を想定しているのは間違いありません。

  • 「Tap-Free」、つまりタッチしない決済

    「Tap-Free」、つまりタッチしない決済

実際のデモでは、決済端末に見立てたタブレットに対して離れた位置から決済を行っていました。離れたところからだけでなく、しかも方角も正確に把握できているため、正確に決済が行えるというのがポイント。交通乗車とは異なり、通過するだけで決済するのではなく、明示的に決済する(タブレットに向けてフリックする)という動作が必要になっていました。

  • 決済のデモ

    決済端末までの距離だけでなく方向も正確に検出できます

もちろん、今回はあくまでデモなので、ここで確認できたUI・UXがUWBにおける決済の標準というわけではありません。ただ、スマートフォンをタッチすることなく支払いができるというのが特徴です。加えて、UWBはあくまで通信規格であるという点もポイントと言えます。

今まで「SuicaのタッチはFeliCa」「クレジットカードのタッチ決済はNFC(Type A/B)」というイメージですが、通信部分と残高やカード情報を保管する機能は異なっており、この通信部分がUWBに置き換わる形です。そのため、少なくとも「UWBになるとSuicaが置き換わる」わけではありません。SuicaはSuicaであり、UWBを使うことで「タッチをしないSuicaになる」というわけです。

  • FeliCaの特徴

    現在のSuicaで利用されているFeliCaの特徴。通信部分はNFC(NFC-F)です

UWBの導入にあたり、JR東日本がサービス名称として別のものを採用する可能性はありますが、JR東日本の言う「タッチ&ゴー」「ウォークスルー」「位置情報等」は、「今後のSuica」として位置付けられているので、通信方式が変わっても「Suica」というブランドは継続されるようです。

  • 「Suica Renaissance」で示されたSuicaの将来像

    JR東日本が「Suica Renaissance」で示したSuicaの将来像

ちなみに、現在JR東日本が導入している「センターサーバー方式」と、「今後のSuicaのセンターサーバー」では内容が異なっています。現在は運賃計算などについてのみセンターサーバー化がされていますが、今後は残高やチケットもセンターサーバーで管理することが検討されています。

  • 現在のセンターサーバー方式の概念図

    右が、2023年度から導入されている現在のセンターサーバー方式の概念図。残高やチケットはカードや端末で管理されています

このあたりは、今後のエージェンティックコマースなどの決済分野で重要な取り組みになってくるでしょう。残高がオンラインにあることで、オンライン決済にも使いやすくなります。店頭での決済に使われるUWBとは直接関わりはありませんが、Suicaの進化の方向性の1つとしては重要な動きです。

オンラインだけでなく、オフラインにもこうした動きは繋がるかもしれません。FiRa Consortiumは、UWBを使ったオフライン決済について交通乗車、駐車場・料金所といったシーンに加えて、スマートリテールを提案しています。UWBを使うとそのスマートフォン(など)の保有者が確かに店内にいてその棚の前に立っていること、そして退店したことが細かく分かります。「手に取った商品が何か」「購入しようとしたのは何か」まではUWBでは分からないので、そこは画像認識やRFIDなど既存の無人店舗の技術を使うことになるでしょう。それが分かれば、レジに寄らずにそのまま退店するだけで、UWBを使った決済を完了させるといったことが可能になるかもしれません。

エージェンティックコマースと組み合わせると、商品棚の前に立っていることが分かるので、その棚の商品にその人が欲しいものがあるか、その人が買いたいと思うものがあるかをエージェントが識別・分析して商品を提案し、それをスマートフォンで見た人が目の前の商品を手に取り、OKしたらそのまま決済を済ませて退店する……といったことができそうです。この時、UWBは、その人がその店内にいて、棚の前に立ち、店を出たということを確実にしてくれます。

EMVCoは今年4月に「Agentic Payments Task Force」を立ち上げています。このタスクフォースが対象としているのは、基本的にはオンライン決済の話のようですが、このあたりと連携してオフラインの決済にも広げることはできそうです。ここまで来るとしばらく先の動きになるかもしれませんが、UWBやセンターサーバーを組み合わせることで、Suicaはまた新たな決済の可能性を見せてくれています。「タッチしないSuicaの世界」が今後やってくるのかもしれません。