JR東日本が近距離乗車券のQRコード化推進を発表、今後、ますますモバイルシフト、チケットレス化の拡大を通じて、新たな駅空間をリデザインしていくそうだ。

具体的には2027年春から現在の磁気乗車券からQR乗車券の置き換えを行い、磁気乗車券を廃止していく。また、乗車券、すなわちきっぷそのもののサイズはQRコードのかざしやすさを考慮して、今のお馴染みのサイズ(30×57.5ミリ)から大型の券(57.5×85ミリ)に変更するという。ざっくり3倍サイズに大きくなることで、ポケットや財布の中で見つけやすくなるというシニア層への配慮や、駅の回収箱に投入しやすいという物理的なメリットもあるのだろう。裏面が黒く、情報を記録している磁気層を無くしていくことで、使い終わって使命を終えた切符は普通のゴミとなり、リサイクル処理における環境負荷が軽減する。

  • JR東日本が近距離乗車券をQRコード化<br> (出展:JR東日本)

    JR東日本が近距離乗車券をQRコード化
    (出展:JR東日本)

同社はすでに2024年5月の段階で関東の鉄道事業者7社(京成電鉄、京浜急行電鉄、新京成電鉄(2025年に京成電鉄に吸収合併済み)、西武鉄道、東京モノレール、東武鉄道、北総鉄道)とともに、磁気乗車券からQRコードを使用した乗車券への置き換えを2026年以降に順次実施することを発表していた。

もともと磁気乗車券は、その読み取りに複雑な機構が必要で、さらには、特急券と乗車券を入れれば乗車券だけが回収されて途中下車ができるといった離れ業が可能だったりと、おそるべきテクノロジーで成立していた。その一方で、読み取り用の磁気ヘッドのクリーニングは欠かせないし、搬送経路で落ちる磁気粉の除去といったメンテナンスにも手間がかかる。

磁気乗車券廃止の主な目的は、サステナが筆頭だ。複雑な機構を持続可能なシステムに移行するにはQR乗車券へのシステム移行が求められる。そして、より環境にやさしい用紙への置き換えによりリサイクルが容易になる。サステナが大義名分だとしても、実際にはコストや設備維持が直接の理由だと推測できる。

関東地方には多くの鉄道会社があり、網の目のようなネットワークが張り巡らされている。主要な事業者が加盟している関東鉄道協会への加盟社数は42社あり、そのほかにも、観光用のケーブルカーや貨物専門の事業者がある。

2024年に連名で磁気乗車券からQR乗車券への移行を発表した事業者以外に、お馴染みの私鉄大手はどうしているのかというと、東急電鉄や京王電鉄などは、別の目的で、すでにQRコードを使った乗車サービスを行っている。だが、前述の8社が紙切符を全廃してQRを使うのに対して、観光客や企画券を新しいサービスとして追加するためにQRを使うというのが目的だ。つまり、東急や京王は決済手段の多様化をめざそうとしている。だから、クレジットカードのタッチ決済なども積極的に採用し、訪日外国人やたまにしか乗らないライトユーザーが切符を買わずに手持ちのスマホやカードで乗れるようにするわけだ。いわば、磁気切符撤廃とは切り離された付加サービスとして位置付けることができる。

東急、京王、小田急、東京メトロといった事業者は、すでに「クレジットカードのタッチ決済やQRコードに対応した、相互直通運転向けの共通乗車サービス」の検討や導入を始めている。だが、磁気切符の完全廃止はまだ先という計画だ。

こうした方向性の違いから、事業者をまたいで数社をシームレスに乗り継ぐために、ひとつのQRコードだけですませるようなことは現時点での計画では想定されていない。そこの部分は従来通り、SuicaやPASMOを使ってスムーズに改札を通り抜けられる。今や乗車券をわざわざ購入して乗る層はごくわずかなので、それで問題はないということなのだろう。だから当面は最強の互換性を確保するために交通系ICカードは共通企画として健在だ。

また、交通系ICカードを持たないユーザー、たとえば訪日外国人などの利便のためには、クレカタッチ決済による鉄道会社相互利用は有用だ。だが、JR東日本と京成電鉄の2社が非対応であるため、ちょっとした混乱は続きそうだ。

いずれにしても紙の乗車券を使うほんの少しのユーザーのために、磁気切符特有の素材の特殊性が生むリサイクルの難しさやコスト、そして、どんどん減っていくであろう紙の切符の利用率のために、維持コストはかけていられないという課題がある。リサイクル業者がいなくなったり処理費用が高騰したり、また、特殊な磁気層を持つ切符の用紙自体も製造メーカーが減り、生産ラインは縮小し、切符1枚あたりの調達コストが上昇しているそうだ。もちろんそのコストは紙の切符を使わない他の乗客も負担することになる。

  • QRというか「乗車券」の利用は例外対応の付加サービスという意味合いが強くなり、ICカード利用が「通常」になるというが将来のイメージだ<br> (出展:鉄道8社による2024年5月のニュースリリース「鉄道事業者8社による磁気乗車券からQRコードを使用した乗車券への置き換えについて」から)

    QRというか「乗車券」の利用は例外対応の付加サービスという意味合いが強くなり、ICカード利用が「通常」になるというが将来のイメージだ
    (出展:鉄道8社による2024年5月のニュースリリース「鉄道事業者8社による磁気乗車券からQRコードを使用した乗車券への置き換えについて」から)

すでに書いたように、QRコードだけで、小田急~東京メトロ千代田線~常磐線のように同じ電車に乗ったまま会社が変わるケースに対応することはできない。それができるのはまさしく魔法だ。乗換改札機さえあれば、リーダーのデュアル化で対応できる可能性はあるが、リアルタイム残高管理などの点でまったくの直通は無理だ。交通系ICカード並の完璧な相互直通ネットワークをQRで実現するつもりはないというのが冷徹な現実だ。

QRコードは読み取り時点で完結する情報媒体であるのに対し、交通系ICカードは乗降履歴を動的に更新しながら通過する仕組みを持つ。この差が、複数事業者をまたぐリアルタイムな運賃計算の可否を分けている。

ちなみに今、日本の鉄道で最も多くの事業者にまたがって走る経路は5社直通が2つある。みなとみらい線の横浜高速鉄道で元町・中華街から横浜までのみなとみらい線、横浜で東急電鉄の東横線で渋谷へ、渋谷から和光市に東京メトロ、そして和光市からは東武鉄道だ。この4社に加えて新横浜駅から日吉駅間の「東急新横浜線」のインフラ(線路などの資産)は、実は独立行政法人 鉄道建設・運輸施設整備支援機構(JRTT)が保有し、営業を東急電鉄に委ねているため、旅客的には4社だが、鉄道のネットワークとしては5社となる。しかも小竹向原で分岐して西武鉄道にも直通する編成もある。

同様に相鉄の海老名から東急の東横線、東京メトロの副都心線、東武東上線を経由して川越市に至る経路もある。東急新横浜線のインフラもJRTTが保有しているため、こちらも同様に旅客4社+JRTT=5社となる。まさに日本の鉄道技術の結晶だといえそうだ。

たかが磁気切符の撤廃に見えても、その裏には日本の鉄道インフラが抱える複雑な事情が折り重なっている。