悩み多きビジネスパーソン。それぞれの悩みに効くビジネス書を、作家・書評家の印南敦史さんに選書していただきます。今回は、数字への苦手意識に悩む人のためのビジネス書です。

■今回のお悩み
「経理の仕事をやっているが、たまに数字を見るのが嫌になる。うまく数字と向き合っていく方法を知りたい」(37歳男性/事務・企画・経営関連)

  • 数字が苦手だと感じることがありますか?(写真:マイナビニュース)

    数字が苦手だと感じることがありますか?


最初にお断りしておくと、今回のご相談内容について、少なくとも個人的な経験やノウハウをベースとしてお答えする資格が僕にはありません。

なぜって、「誰よりも数字に弱い」という、なんの自慢にもならない確信があるからです。ずらっと並ぶ数字を目にすると、それだけで拒否反応を示してしまうほど数字が苦手。ですから、偉そうに数字を語れるはずもないのです。

ただ、そうであるからこそ、数字や数学に抵抗を感じる方のお気持ちはとても理解できます。そして、そのような立場からであれば、助言できることもあるような気もしています。

そこで今回はそんな立場から、数字や数学についてのハードルを下げてくれそうな本をチョイスしてみました。

なお、ご相談者さんは経理のお仕事をされているそうなので、ここで取り上げている3冊については、タイトルを見た時点で物足りなさのようなものをお感じになるかもしれません。

しかし、そうではないのです。それぞれアプローチこそ異なるものの、これら3冊にはひとつの共通項があり、そこが大切なのです。具体的にいえば、「数」というものを、従来とは異なった視点から捉え、考えてみようとしているところ。

それらはどれも専門家にも納得できることであるだけに、目を通していただけば、「原点に立ち返る」きっかけをつかんでいただけるのではないかと考えたわけです。

解き方でなく考え方

『こまったら、数学的に考えよう。』(深沢真太郎著、すばる舎)の著者は、学生時代に数学を「つまらない」「嫌い」と思っていた人や、数字アレルギーの人に向けてコンサルティング活動を行っている「ビジネス数学コンサルタント」。

  • 『こまったら、数学的に考えよう。』(深沢真太郎著、すばる舎)

    『こまったら、数学的に考えよう。』(深沢真太郎著、すばる舎)

高度な数学のメソッドを専門的に理解することではなく、もっと柔軟なスタンスに基づいて"数学的に"考えていることに重きを置いているところが最大の特徴です。

「そんなことを言われたって、実際のところ数学は難しいから」という声が聞こえてきそうですが、「ビジネススキルの習得は、算数と中学数学だけで事足りる」と著者は断言しています。

なぜなら、新卒の就職試験や社内の昇格試験で使われるSPI試験の内容も中学数学までだから。高校数学以上は、もはや専門知識なのです。(「まえがき」より)

しかし、そもそも「数学的に考える」とはどういうことなのでしょうか? 著者によればそれは、数字と論理を使って客観的に物事を考えることなのだそうです。

大切なのは、物事を自分の"見たいように""感覚的に"捉えるのではなく、数学を通じて数字を"論理的"に扱うこと。そして目の前の事実を"客観的"に把握し、自分の頭で考えて、次の効果的な一手を導き出す力を養うこと。

そう考えているという著者は、単に"計算"ができるだけで、その先にある"考え方"が身についていないと、「仕事ができる」ことにはつながらないとも主張しています。

そして、その典型的な例としてよく研修で取り上げているのが、以下の問題なのだそうです。

【問題】
ある小売り事業者が運営する複数の店舗のうち、どの店が優良店なのかを決めることになりました。

●Aさんは[売上額÷従業員数]を算出し、従業員1人あたりの売上額を指標としてX店舗が優秀だと主張
●Bさんは[売上額÷店舗の売り場面積]を算出し、1平方メートルあたりの売上額を指標としてY店舗が優秀だと主張

2人の議論は平行線。どちらの店舗が優良店なのかを決められませんでした。このケースの問題点はどこにあるのでしょうか?
(25ページより)

この話の問題点は売り上げを割った数。そして正しい解釈は「結論が異なるのは当たり前。"なにによって評価するのか"を最初に決めなかったことが大きな問題点」なのだといいます。

割り算は「割る数」を変えれば「得られる結果」も変わるので、「従業員数」で割った結果と、「店舗の売り場面積」で割った結果が異なるのは当然。いわば割り算の原理原則です。

つまり"解き方"ではなく、"考え方"を身につけることが大切だということ。問題を提示されたとき、「解いて見たら正解だったからOK」と終わらせてしまうのではなく、そこで使った“考え方”を重視すべきだという考え方です。

たしかにそのような角度から考えてみれば、よくある苦手意識とは異なる角度から数学を捉えることができるそうです。

なお著者は昨年、『論理ガール〜Lonely Girl〜人生がときめく数学的思考のモノガタリ』という「数学小説」も上梓していますので、そちらも手に取ってみてはいかがでしょうか?

算数レベルでの考え方

続いてご紹介する『かしこい人は算数で考える』(芳沢光雄著、日経プレミアシリーズ)も、コンセプト的には『こまったら、数学的に考えよう。』と共通する部分があります。

  • 『かしこい人は算数で考える』(芳沢光雄著、日経プレミアシリーズ)

    『かしこい人は算数で考える』(芳沢光雄著、日経プレミアシリーズ)

日常生活のなかのさまざまな問題を「算数」の知識を積み重ねて考え、そのために必要な基礎をわかりやすく解説しているからです。しかも注目すべきは、数学に関する書籍であるにもかかわらず「言葉」に注目している点です。

そもそも物事を「考える」とは、いろいろな言葉を積み重ねていくことです。その過程で用いる言葉に関しては、当然定義や意味をよく理解しておかなくてはなりません。「物事を言葉で考える」とは、たとえば人間関係について「あーでもない、こーでもない」と考える(思い悩む)こととは違います。また、グローバル化が進みバックグラウンドを異にする様々な人はひとところに集まる今の社会を念頭においても、科学技術の研究ばかりでなくあらゆる分野において、議論の出発点である言葉の定義や意味を明確にしておくことは大切です。(「まえがき」より)

とくに、もっとも客観的な「論理」や「数字」を用いることは、誤解のない議論を重ねるうえで非常に効果的だと著者は言います。だからこそ、「算数」の知識を縦横無尽に用いてわかりやすい議論を組み立てる技法こそが、現在の社会では求められるはずだというのです。

AKB48グループを話題の中心に据えた割り算の話、サイコロキャラメルに寄って学ぶ空間認識など、親しみやすい話題が満載。肩肘を張ることなく、文字どおり「算数」レベルでの考え方を身につけることができる良書です。

数学や数字に対する恐怖感を取り去る

次にご紹介したいのは『面白くて仕事に役立つ数学』(柳谷 晃著、SBクリエイティブ)ですが、著者はここで「勘」の重要性を説いています。

  • 『面白くて仕事に役立つ数学』(柳谷 晃著、SBクリエイティブ)

    『面白くて仕事に役立つ数学』(柳谷 晃著、SBクリエイティブ)

勘に頼るというやり方には、どこか不安定な印象がつきまとうもの。それは、数学的なアプローチとはまったく正反対に位置するようにも思えます。しかし、そうはいっても「勘」はなかなか侮れないと主張するのです。

勘とは、何度も現場を見て、素直にその現状を受け入れた結果です。いわば情報のエッセンス。決して特殊な能力のようなものではなく、素直に現実を見るということです。(中略)
実は数字を見るとき、数学を使うとき、統計を使うときにも、この感覚がとても大切なのです。(「はじめに」より)

本書の特徴は、世の中にあふれる数字の「ウソと本当を見分ける方法」を説明しようとしているところ。たとえば4章「数字はウソをつかないかーー統計にダマされないための数学」に登場する「ビッグデータ」に関する考え方には説得力があります。

ご存知のとおりビッグデータとは、巨大なデータ群のこと。統計のもとになるデータが多いほど数値の精度が増すため、大きな注目を集めているわけです。

まず、何のためにデータを取るのかを、厳密に決めておかなければなりません。でないと、いわゆる"資料倒れ状態"に陥ってしまうのです。データを取る手順を綿密に定め、それに沿ってコンピュータをプログラミングする必要もあります。
また出てきたデータを分析するのが大変です。コンピュータソフトを使って、目的をもって解析した後に、考えている現象を表す関数をつくらなければなりません。こうなると、人間の力が必要です。
ですからコンピュータですべてを処理しているように見えても、天才データアナリストという人たちが必要になってきます。数値の集まりから現実を把握することは、機械だけではできないのです。(140〜141ページより)

本書は、「数学は絶対で、まったく隙のない学問だ」というようなイメージを覆してくれます。数学に関する読み物として楽しむことができるので、数学や数字に対する恐怖感を取り去ってくれる可能性があるのです。


専門職に就いている方であろうと、僕のような人間であろうと、数字と向き合う際に大切なのは「頭を柔軟にすること」であるはず。そうすればいつかきっと、目の前の霧は晴れていくのではないでしょうか?(数字が怖い僕としても、その日が訪れてくれることをただただ望むばかりです)

著者プロフィール: 印南敦史(いんなみ・あつし)

作家、書評家、フリーランスライター、編集者。1962年東京生まれ。音楽ライター、音楽雑誌編集長を経て独立。現在は書評家としても月間50本以上の書評を執筆中。『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)ほか著書多数。