みなさん、こんにちは。上杉さくらです。ラジオ聴いていますか? 読者のみなさんから、さまざまなご意見を頂戴しています。大変ありがとうございます。前回の記事に関して、読者の方より「現在でもジャミングはありますよ」、「昔のような単純なジャミングではなく、大音量の音楽によるジャミングもあります」とのご意見をいただきました。

そうですね。ダイヤルを回わしてみると、「京劇」の音楽のような大音量の音楽が聞こえます。この音楽が聞こえる周波数では、VOAやRadio Free Asiaなどの放送が行われているはず……でも聞こえない、ということは音楽自体がいわばジャミングの役割を果たしているということになります。「国民に聞かせたくない番組は、妨害する」という考えは、21世紀の今もなお生きているようです。

こういうことは、少年時代、あるいは青年時代に冷戦を経験した40代後半以上のわたしたちにとって、当たり前のことでした。ところが、この連載の担当女子編集者が「ジャミングっておもしろいですよね。このテーマでいきましょう! 」と突然萌えはじめたのです。そこで予定をかえて、ジャミングや地下放送にまつわる話をしてみましょう。

ジャミングに編集女子萌える

担当編集者は宮崎あおい似の20代後半の女子。この連載も上司から頼むよといわれて担当になっただけなので、ラジオに興味があるかもわからないし、連載に対する考えも、いいのか悪いのか、よくわからない。でも、著者をコントールし、スケジュール管理はばっちりな、今どきの20代。そんな彼女が「ジャミング、ジャミング」って興奮するのです。書き手の私は「?」ですよね。

分析すると、ジャミング戦争という「謀略」ネタに萌えたのか、中国ジャミング問題に反応したのか、そのどちらかだと類推するのですが、本人に確認してみていないので、わかりません。

それにしても、若者はそんなことに萌えるのかと、びっくりしてしまうことが多いのです。そういえば、昨年30歳ぐらいの女子とラジオのことで話していたのですが、その女子が反応したのが、放送局から手書き(直筆)のレターやQSLが返ってくること。老境のわたしたちにとって当たり前なのですが、電子メールではなく、手書きでやり取りができるっていうことが、若者にとって新鮮らしいのです。この方、通訳もするぐらいの国際通なのですが、直筆の手紙ということが心をくすぐったようです。

「しおかぜ」のはなし

日本の放送でも、放送ターゲット国(地域)からジャミングをかけられているものがあります。

そのひとつが「しおかぜ」です。「しおかぜ」は、特定失踪者問題調査会が北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)にいる拉致被害者向けに2005年から行っている短波放送です。私はこの放送を初めて聞いたときには涙を流しました。私が聞いた放送は、拉致被害者の名前、生年月日、失踪した地域、失踪日を述べるものだけだったのですが、1回の放送時間ですべての拉致被害者の名前を呼ぶことができないぐらいで、こんなにも拉致被害者がいるとは思いませんでした。かの国はジャミングで対抗し、特定失踪者問題調査会側は周波数をこまめに変えることで対応しているそうです。戦略情報研究所の『しおかぜだより』を見るとジャミングと周波数変更の模様がわかると思います。特定失踪者問題調査会のWebサイトにおいても、番組の一部を聴くことができるので、ぜひ聴いてみてください。

「しおかぜ」のお礼カード。「しおかぜ」の放送に対して、北朝鮮からはジャミングがかけられている

サイト情報

特定失踪者問題調査会
http://www.chosa-kai.jp/

しおかぜだより
http://www.senryaku-jouhou.jp/tayori.html

しおかぜ(放送時間、周波数は予告なく変更される場合があります)

  • 0530~0600 6045kHz
  • 2300~2330 6020kHz

国際紛争の証人--国際放送と地下放送

ラジオ放送もまた、その国の体制に影響を色濃く受けるわけで、冷戦後の今も例外ではありません。たとえば、8月中旬、「ロシアの声(旧モスクワ放送)」の日本語放送を聞いたところ、アブハジア自治共和国、南オセチア自治州のことを「アブハジア」「南オセチア」と言っていました。決して自治共和国、自治州と認めていないわけですね(「ロシアの声」はロシアの立場からニュースを報道していることを明言しています)。そして8月末ロシアはアブハジアと南オセチアの独立の承認にいたりました。こう見ると国際放送ってその国の立場をみごとに表すわけで、よく聞いてみると興味深いのではないのでしょうか。

QSLカードをよく見るとその国の主張がわかる。例はアルゼンチン国営放送「RAE」のQSLカード。南極における自国の領土を主張している

また、このコラムの読者は「地下放送」「地下局」という言葉も聞いたことがあるのではないでしょうか。「地下放送」とは、アバウトな定義であり、広くいうと放送ターゲット国(地域)にとって非合法な放送にあたるかもしれません(例外あり)。たとえば紛争地域においては反政府側の放送があたります。地下放送というと謀略放送のようですが、おそらく英語の「Clandestine Radio」の日本語訳。「秘密」放送というのが、ぴったりなのでしょう。

エチオピアの「Radio Fana」のQSLカード。同局はもともと地下局であったが、エチオピアの体制がかわり、今では国から承認された放送局として放送を行っている

アザドカシミールにある地下局、V.O.Jammu Kashmir FreedomのQSLレター

ただし「地下放送」といっても、一言でくくれません。たとえば、内戦下の国において反体制側の団体による放送や亡命政権が行う放送は「地下放送」という表現がぴったりですが、東西冷戦時代、東側諸国に向けて行われた「Radio Free Europe / Radio Liberty」のような放送は「地下放送」といいにくいなあ、と思います(人によっては地下放送にカテゴライズしている場合もありますが)。ちなみに、世界の放送局年鑑ともいうべき、「PASSPORT to World Band Radio 2008年版」において「Radio Free Europe / Radio Liberty」は、「CLANDESTINE」の項目になく「USA」の項目にあり、同じくアフガニスタン向けの「Radio Free Afganistan」は「CLANDESTINE」の項目に「See→USA」と表記されています。

「Radio Free Asia」のQSLカード

サイト情報

Radio Free Europe/Radio Liberty
http://www.rferl.org/

Radio Free Asia
http://www.rfa.org

地下放送をめぐるはなし

昨今のラジオ局では、地下放送の数は減りました。"広義の地下放送"ともいえる「Radio Free Europe/Radio Liberty」、キューバ向けの「Radio Marti」、アジア向けの「Radio Free Asia」などはまだ残っています。また、「Media Broadcast(旧ドイツテレコム)」中継の地下放送などもありますが、アジアの地下放送は減ったようです。

たとえば、1983年の『DX年刊』を見ると、中国の地下放送として、「偽『中央人民広播電台』」というのがあります。これは中国の国内向け中央放送である中央人民広播電台(日本でいえばNHKのようなものですが、NHKと違って国営放送)の録音で始まる番組で、本物のニュース番組のあとに、偽物の番組(指導部を糾弾する番組)をはさみこみ、また本物の番組で終了する謀略放送でした。東シナ海上の船舶から放送されていると類推されていました。きっとテープレコーダーで録音した本物の中央人民広播電台の番組部分のテープをはさみで切って、真ん中に謀略放送部分のテープをつないで入れたのでしょうか。

また、ハングルの数字をただ呼ぶだけの「乱数放送」なんてありました。関東の太平洋側の町においても普通のラジオではっきりと聞こえました。しかし、現在では聞こえません(CWはあるようです)。今も中国語の乱数放送はあり、聞くとどきっとします。

そういえば、1986年4月のログ(記録)を見てみると、私は、「イラン救済の声」(エジプトからの放送と類推されていた地下局)やアフガニスタン向けの「Voice of Unity」を聞いていた記録があります。前者は真夜中の1時半少し前から、9027KHzでペルシャ語、フランス語、英語のID(放送局名告知)が流れ、後者は笛の音のISが特徴的でした。

追記

最近BCL界では、二人の偉大な方を失いました。

8月には、BCLの神様、山田耕嗣氏がお亡くなりになりました。

BCLがブームだった時代、山田先生のご著書で、ラジオにのめりこんだ方も多かったのではないでしょうか。また、ブームが終わってからも、さまざまなメディアでBCLの普及活動をなさっていました。私は先生にお会いしたことがありませんが、BCLを再び始める方が増えているのも、先生がずっとBCLの普及活動をなさっていたおかげだからだと思っております。

ところで、ラジオNIKKEI第1では、9月15日、「BCLの世界~山田耕嗣氏を偲んで(仮)」と題して、山田先生の追悼特別番組を放送する予定です。

「BCLの世界~山田耕嗣氏を偲んで(仮)」

2008年9月15日(月)9:00~11:00 ※15:45~17:45(再放送)
ラジオNIKKEI第1(周波数は3.925MHz・6.055MHz・9.595MHz)

すでにさまざまなサイトや、ブログでこの番組のことが書かれているようですが、時間枠が2時間になっていますので、ご注意ください。

また、演歌歌手であり、著名なVHF DXerでもある、しば良平氏も7月にお亡くなりになりました。日本で受信したアジア各地のFM局を、受信音とともに紹介していた氏のサイトは、BCLユーザにとって励みとなるものでした。

両氏のご冥福をお祈りいたします。

山田耕嗣先生も、しば良平氏もきっと天国でラジオを聴いていることでしょう。

※コラム「ラジオのはなし~ストリーミング時代のBCL」では、ラジオにまつわ る話を随時募集しています。こちらから気軽にお送りください。

※また、上杉さくらによるもうひとつのコラム「ちょっとシュールに『猫街鉄道放浪記』」もお読みください。