前回レポートしたアウディ新型「A8」の「トラフィックジャム・パイロット」は世界初の自動運転レベル3を目指して開発されている(自動運転のレベリングについてはこちら)。ここでおさらいすると、自動運転の自動化は現在6段階(レベル0~5)が定義されているが、その中でも、議論が白熱しているのがレベル3だ。

世界初の自動運転レベル3に踏み込むアウディ新型「A8」

人とAI、運転交代の難しさ

本格的な自動運転はレベル3から始まると専門家は考えている。というのは、レベル2の段階はどんなに機能が進んでいても「ドライバーが責任を持つ」という範囲を超えていないので、ドライバーは他の作業(サブタスク=スマホの操作など)が許されない。

1949年に制定された国連決議のジュネーブ条約では、「クルマの運転とはドライバーが責任を持つこと」と規定されており、この条約の改訂や解釈の変更がない限り、サブタスクは許されない。これをユーザーニーズから考えると、ドライバーはずっと前方を監視していなければならない自動運転には興味を示さないだろう。

しかし、システム(AI)が100%運転し、責任もシステムが持つ完全な自動運転(レベル4~5)なら、ジュネーブ条約を乗り越えることが可能だと専門家は考えている。つまり、条約で規定したドライバー(運転手)をAIと解釈すればレベル4~5が可能で、責任はシステムなので混乱も避けられる。

だが、悩ましいのはレベル3だ。このシステムはまだ半自動の段階なので、システムが都合が悪くなると人(AIやロボットに対して、自然人と書かなければならなくなった)にハンドオーバーすることになる。何秒あれば自然人にハンドオーバーできるのか、専門家は必死に研究しているが、交通状況はケースバイケース。システムから自然人にハンドオーバーするとき、自然人が対応できないとどうするのか。例えば、寝てしまったとか、急病で意識を喪失してしまったとか。考えれば考えるほど、悩ましい。

この辺りの悩ましさから、「レベル3はとても難しいからレベル2を進化させ、一気にレベル4に行く」と考えるメーカーもいるくらいだ。果たしてアウディは、どんな戦略でレベル3を実現するのだろうか。世界中の関係者が注目している。

悩ましいのは責任の所在

新型A8に搭載する「アウディAI トラフィックジャム・パイロット」は、アウディがレベル3を目指して開発してきたもの。これまで、ドイツ国内法(道路交通法)ではドライバーの運転責任が規定されていたが(ウイーン協定)、高速道路の渋滞時のみ(時速60キロ以下)、ドライバー責任を免除する限定的なレベル3をドイツ政府に申請した。その結果、ドイツでは法改正され、システムによる運転が可能となった。これでドライバーはハンドルから手を離し、サブタスクを行うことが可能となり、渋滞時の車内の過ごし方が大きく変わると期待されている。

法律を含め条件がそろえば、ドライバーによるサブタスクも可能とするアウディ

多くの人が心配する責任問題については、システムが運転しているときの事故はアウディの責任となると明言しているが、そのために事故時のデータはデータレコーダーに記録されることになる。ドイツの法律では所有者に責任があるので、所有者は保険に入り、その保険会社が調査をして、クルマに起因する事故だと認定されれば当然、それはメーカーの責任ということになる。

ところで、EUでは国によって法律が異なるので、各国で討議を重ねている。アウディが考える初期的なレベル3は、ドライバーのサブタスクは限定的でシステムがドライバーをモニターできる範囲に限定している。システムからのトランジッション・タイム(権限移譲)は10秒で、ドライバーがシステムからの要請を受け入れないときは自動で緊急停止する。

自動レーンチェンジ・システムはあえて搭載していない。スピードが高い後続車の認識に自信がもてない。システムのロバスト性を高めるために冗長性(Redundancy)が重要で、たとえば電源に関しては、48Vと12Vの二重の電源システムを持つ。法律問題が100%クリアされたわけではないが、2018年度にはEUの一部の国でレベル3の走行が可能になるかもしれない。

アウディとメルセデスで異なる積極性

しかし、こうしたレベル3は時期尚早と考えているのはメルセデス・ベンツだ。つい最近、試乗会に参加してきた新型「Sクラス」には、「アクティブ・ディスタンス・アシスト・ディストロニック」が導入され、カーナビで登録した目的地まで、自動で加速と減速を行ってくれる。例えば高速道路の出口、ランナバウトでは自動的に速度が減速される。HEREの地図から道のカーブを想定し、自動で速度が調整されるが、その加減速が見事な完成度であった。街の中心部に設置されるゾーン30(時速30キロ以内の速度で走るエリア)に近づくと、カメラは規制表示版を読み取る。

新型「Sクラス」に先進的な技術を積むメルセデスだが、レベル3については時期尚早という考え方だ

アウディとほぼ同じシステムを搭載するメルセデスは「レベル3はまだ難しい」と考えており、新型Sクラスに搭載したドライバー・アシスト・システムは「洗練したレベル2」だと述べている。レベル3に積極的なアウディ、慎重なメルセデス。両社の考えの違いが興味深いが、いずれにしても、法律が整備され、責任問題がクリアされるなら、レベル3も意味がありそうだと思う。A8の場合であれば、渋滞時にスマホのアプリを、車載モニター上で使用することが可能となるのだから。

著者略歴

清水和夫(しみず・かずお)
1954年、東京都生まれ。武蔵工業大学電子通信工学科卒業。1972年のラリーデビュー以来、国内外の耐久レースで活躍する一方、モータージャーナリストとして活動を始める。自動車の運動理論や安全性能を専門とするが、環境問題、都市交通問題についても精通。著書は日本放送出版協会『クルマ安全学のすすめ』『ITSの思想』『燃料電池とは何か』、ダイヤモンド社『ディーゼルこそが地球を救う』など多数。内閣府SIP自動走行推進委員の構成員でもある