「息子を箱根駅伝で走らせたい」そんな夢を抱いていた母親が、中学生だった山里亮太の駅伝大会前夜に用意してくれたのは、新しい一足の靴だった――。
思いがけないハプニングによって選手としての道からは遠ざかったものの、それから時を経て、山里は別の形で箱根駅伝に関わることに。お笑いコンビ・南海キャンディーズの山里が、14日深夜に放送されたTBSラジオの番組『JUNK 山里亮太の不毛な議論』(毎週水曜25:00~27:00)で、母親との思い出と箱根駅伝への特別な思いを語った。
「留学生の次の区で走らせたい」母が抱いていた夢
この日、箱根駅伝を題材にした日本テレビ系ドラマ『俺たちの箱根駅伝』(毎週土曜21:00~)について語る中で、昔から箱根駅伝が大好きだったことを明かした山里。その背景には、母親が抱いていたある夢があった。
「うちの母親の夢だった」と切り出した山里は、「俺を山梨学院大学に入れて、あの留学生の次の区で走らせたいって」と説明。当時、箱根駅伝で活躍していた山梨学院大学の外国人留学生ランナーに憧れていた母親は、息子が同大学に進学し、箱根路を駆け抜ける姿を思い描いていたという。
そんな母親の期待に応えるかのように、山里も中学生時代には駅伝選手として活躍。「私は中学校の時は学校代表で駅伝も出てたっていうのもございまして」と振り返り、地区の大会では大事な区間を任されることになったと明かした。
息子が学校の代表に選ばれ、重要な区間を走る。その知らせを聞いた母親は、いたく喜んでくれたという。
大会前夜、母親が買ってきてくれた“新しい靴”
大会を翌日に控えた夜、母親は山里のためにサプライズを用意していた。
「サプライズで、前日の夜に母親が靴を買ってきてくれましたね。『これ履いて、明日頑張ってね』と言って」
息子に少しでも良い走りをしてほしい。そんな思いが込められた新しい靴を履き、山里は翌日の大会に臨んだ。ところが、母親の応援が詰まった一足は、思わぬハプニングを引き起こすことになる。
「やっぱり、買ったばっかりの靴、翌日ですね。靴擦れで大ブレーキっていうね」
履き慣れていない靴で走ったことで、足に痛みが生じてしまう。山里は「大ブレーキです。私が止めに止めましたね。足痛くて」と苦笑し、「母の買った靴が、もうタイトに僕の足をねじ込みましてね。いや、あれはブレーキオブブレーキです」と、当時の出来事をユーモラスに振り返った。
結果として、母親が夢見た箱根駅伝を選手として走る未来は訪れなかった。しかし、それで山里と箱根駅伝の縁が途切れたわけではなかった。
走る側から伝える側へ 時を経てつながった箱根駅伝との縁
山里は「そこから駅伝の目は遠のいてましたけど」と振り返りながらも、箱根駅伝への愛情は変わらず、毎年欠かさず観戦してきたという。
そして2026年1月、山里は日本テレビ系の特別番組『完全密着! 箱根駅伝 204台のカメラがとらえた 歓喜と涙の舞台裏』で、本田翼とともにMCを担当。母親がかつて夢見た箱根駅伝の舞台に、今度は選手たちの活躍を伝える立場で関わることになった。
さらに、その縁はドラマの世界にも広がった。山里は、池井戸潤氏の小説を原作とした日本テレビ系ドラマ『俺たちの箱根駅伝』の宣伝番組でもMCを担当。主演の大泉洋ら出演者とともに作品の魅力を紹介したほか、原作も読んでいることから、ドラマへの熱い思いを語っていた。
中学生の頃、母親が願っていたのは、息子が箱根駅伝の選手として活躍することだった。その夢が当時の思い描いた形でかなうことはなかったものの、芸人として歩んできた山里は、箱根駅伝の感動を多くの人に伝える仕事を任されるようになった。
母親が大会前夜に買ってくれた新しい靴は、ほろ苦くも温かい思い出に。そして長い年月を経て、山里は走る側ではなく、伝える側として箱根駅伝との縁を深めている。
【編集部MEMO】
『JUNK 山里亮太の不毛な議論』は、南海キャンディーズの山里亮太がパーソナリティを務めるTBSラジオの番組(毎週水曜25:00~27:00)。10月21日の放送では、恒例企画「ヤマサト秋のはんまつり2026」を開催予定。リスナーから寄せられた「ごはんのおとも」のレシピを山里と特別審査員ゲストが実食し、優勝レシピを決定する。レシピの応募は10月18日まで受け付けている。番組は放送後1週間以内であればradikoで聴取可能(エリア外の場合はプレミア会員のみ)。Podcastでもディレクターズカット版を配信中。
