天皇皇后両陛下が海外から国賓を迎えて催される宮中晩餐会。実はこれ、明治初期に成立した様式を現代まで継承した、世界でも唯一無二のスタイル。ですが、華やかな光景の1シーンをニュースで目にすることはあっても、どんな器にどんな料理が盛られ、どんな作法で食事が進むのか、私たち庶民が知る機会は、ほとんどありません。
そんなベールに包まれた「国の最高接遇」をひもとく特別展「ようこそ! 華麗なる宮中晩餐会の世界へ」が、9月26日から霞会館記念学習院ミュージアムで始まりました。
会場には、明治初期に試作された洋食器から、現在まで受け継がれる食器やボンボニエール、そして彬子女王殿下が実際の宮中晩餐会で着用されたローブ・デコルテまでが集結。きらびやかな食卓の奥にあった皇室の“試行錯誤とおもてなし”の歴史をたどっています。
■誰もがのぞいてみたい世界を形に
皇室や華族文化にまつわる資料を数多く収蔵し、継続的に紹介してきた同館にとって、宮中晩餐会はまさに“お家芸”ともいえるテーマ。それでも実際の晩餐会は、学芸員にとっても未知の世界です。主担当の長佐古美奈子さんは、いわば「妄想の中でずっと調査研究してきた」テーマを、ようやく展覧会として形にできたと語ります。
同展では、今年4月に同館の客員研究員に就任した彬子女王殿下のご協力により、宮中晩餐会へご出席になった際のエピソードや、実際にご着用になった衣裳も紹介。出席経験を持つ彬子女王殿下の言葉によって、史料だけでは見えにくい現代の晩餐会の“リアルな輪郭”が加わりました。
会場でまず目に飛び込んでくるのは、銀器やクリスタルガラス、白磁の皿がきらめく食卓です。旧有栖川宮家に伝わった品々を中心に、明治期の正式なテーブルセッティングを再現。アビランド、バカラ、クリストフルなどの器が並ぶ光景は、華麗のひと言です。
■150年続く理由は差をつけないこと
宮中晩餐会は、国賓に対して国として行う最高位のおもてなしです。そこで何より重要になるのが、「相手によって差をつけない」というプロトコル。ある国には豪華な料理を出し、別の国には違う器を使う、ということはできません。どの国の賓客にも等しく敬意を示すため、一度整えられた様式は簡単には変えられないのです。
その結果、日本の宮中晩餐会には19世紀に形づくられた西洋式のスタイルが現在まで息づいています。明治期に整えられた意匠を受け継ぐ食器が今なお使われ、フランス料理のフルコースが供される。その継続性は世界的にも稀で、まるで宮廷文化を封じ込めたタイムカプセルのよう。
■最初の国賓接遇はてんやわんや
もちろん、日本が最初から西洋式のおもてなしに慣れていたわけではありません。幕末までの宮中では、和食と染付の器を用いるのが基本。衛生や清浄を重んじる独自の作法はありましたが、西洋の国賓を迎えるための知識も道具も、明治政府にはほとんどありませんでした。
1869年、明治政府が初めて国賓として迎えたのは、イギリスのヴィクトリア女王の次男、エディンバラ公アルフレッド。浜離宮の延遼館に香港から家具を取り寄せ、料理は江戸の名店・八百善が担いました。ところが英国側から、国際儀礼に沿っていないとの厳しい指摘が……。近代国家として外国の賓客をどう迎えるのか。日本の手探りのおもてなしは、ここから始まりました。
1871年には、有田に西洋料理用の食器を発注。日本らしい人物や花、蝶を金彩でにぎやかに描いた器は愛らしいものの、西洋料理との相性や外国人の好みという点では課題も残りました。京都の陶工・幹山伝七らも、肉料理を盛る平らで大きな皿など、これまで作ったことのない形に悪戦苦闘。納期の延期を重ねながら、技術を積み上げていきました。
■肉が飛んだ!? 洋食マナー稽古
西洋式の食器だけでなく、食事マナーもゼロから学ばなければなりません。そこで宮中では、皇后や女官たちのために西洋料理の作法稽古が行われました。指導役を仰せつかった西五辻文仲は、築地精養軒へ通って洋食の食べ方を習得。その所作を皆がそっくりまねたため、西五辻がうっかり肉を皿の外へ飛ばすと、周囲も一斉に同じことをしたという落語のような逸話に、思わずクスッとさせられます。
稽古で借りた食器をそのまま使うことへの抵抗もあり、宮中専用の器が求められるようになりました。1875年には英国ミントン社へ菊花紋章入りの食器を注文しますが、ほどなく国産化の機運が高まり、1880年には有田の精磁会社へ新たな洋食器を発注します。
こうして生まれたのが、金色のパルメット文様と桐文をあしらった洋食器。完成まで2年以上を要した手描きの器は、その後、深川製磁や香蘭社、大倉陶園などへ意匠が受け継がれ、現在の宮中晩餐会でも同系統のデザインが使われています。明治の職人たちの試行錯誤が、現代の食卓へ直接つながっているのです。
■英国製ボンボニエールの“へたうま”感
西洋式の饗応が整うなか、日本独自のおもてなしとして定着したのがボンボニエールです。金平糖などを入れ、慶事の記念に招待客へ贈る小さな菓子器で、宮中では1889年の大日本帝国憲法発布の祝宴を機に用いられるようになりました。
展示で異彩を放っていたのが、1906年に英国側が返礼の晩餐会のために用意したボンボニエール。英国にはこの習慣がなかったにもかかわらず、日本式にならって、英国が特別に製作したもの。描かれた英国王室の紋章は、どこか素朴でぎこちない“へたうま”の味わい。それでも、相手国の文化を尊重しようとした心遣いが感じられます。
■これ全部食べたの……!? 大正大礼のフランス料理
晩餐会の料理を体感できるのが、大正大礼で供されたフランス料理の食品模型です。“天皇の料理番”として知られる宮内省の料理人・秋山徳蔵が組み立てた献立を、味の素食の文化センターが再現したもの。魚料理、肉料理、デザートまでがずらりと並び、「これを全部食べたの!?」と驚くほどのボリューム感。
しかし当時は、大皿に盛られた料理が客席へ運ばれ、招待客が自分の食べたい量だけ取り分けるスタイルでした。好きな量を選べるのは心配りのひとつですが、最高礼装であるローブ・デコルテや色留袖を身に着けて、大皿から品よく料理を取り分けるのは、きっと至難の業だったことでしょう。
■彬子女王殿下のローブ・デコルテ、令和の新様式
会場でひときわ目を引くのが、彬子女王殿下が宮中晩餐会で実際にご着用になったローブ・デコルテです。2016年、ベルギー国王王妃両陛下を迎えた晩餐会でお召しになった黄色のドレスや、2017年のスペイン国王王妃両陛下歓迎晩餐会でご着用になったドレスなど計4点を、会期中に展示替えで紹介します。実際の宮中晩餐会を彩った衣裳を間近で見られる、貴重な機会です。
戦争による中断を経て、戦後の宮中晩餐会は1956年、エチオピア皇帝ハイレ・セラシエ1世の来日を機に再開しました。そして令和の時代には、長く受け継がれてきた基本の形を守りながら、新しい試みも始まっています。2025年のブラジル大統領夫妻を迎えた晩餐会では、日本料理の前菜や江戸切子の酒杯で供する日本酒が登場しました。
伝統をただ同じ形で守るだけでなく、相手への敬意という核を保ちながら、時代にふさわしい形へと更新していく。明治の人々が手探りで始めた“日本のおもてなし”は、150年後の今も静かに進化を続けています。
■information
「ようこそ! 華麗なる宮中晩餐会の世界へ」
期間:2026年9月26日~11月21日
会場:霞会館記念学習院ミュージアム 特別展示室
時間:10時~17時(入館は16時30分まで)
休館:日・祝、10/17、11/4、ただし10/25、11/1、11/3は開館
入館料:無料
















