第7話で改めて見えてきたのは、鬼塚が変えているのは生徒だけではない、ということだった。その象徴となったのがサッカー部顧問の小泉だ。小泉は校内でも人気の高い教師だった。生徒への接し方も柔らかく、問題を大きくせず、保護者とも波風を立てない。ある意味では、令和の学校が求める“優秀な教師”だったと言える。

しかし柏原は、その小泉に違和感を覚える。かつて新任だった柏原を指導していた頃の小泉とは、どこか違う。生徒に嫌われないこと、保護者から批判されないこと、問題を起こさないこと。その「正しさ」を優先するうちに、小泉自身もまた、生徒の本当の姿を見ることより、“人気のある教師”であることを選び始めていた。

そんな小泉を変えたのも、鬼塚だった。もちろん鬼塚が説教したわけではない。

むしろ鬼塚が、大翔に嫌われることも、保護者から批判されることも恐れず、真正面からぶつかっていく姿を見せ続けたことで、小泉自身が、自分の教師としてのあり方を振り返ることになった。

そして最後、小泉は大翔に言う。「先生は、いつも頑張っているあなたのことを尊敬しています」──ここで重要なのは、「期待しています」でも、「あなたならもっとできる」でもないことだ。「尊敬している」。つまり、未来の大翔ではなく、今ここにいる大翔を認めた。

これは、それまで大翔を「優秀な選手」「特待生」「将来有望なゴールキーパー」として見ていた周囲の大人たちとは、決定的に違う。小泉自身もまた、鬼塚と接することで、「生徒を導く教師」から「生徒を見る教師」へと少し変わったのではないだろうか。

  • (C)カンテレ

    (C)カンテレ

そして変化は、大翔の家庭にも及んでいく。父・藤吾は、元プロサッカー選手という立場から、息子に強烈な期待を寄せていた。だが、その期待はいつの間にか、「俺の言う通りにすればいい」という支配へと変わっていた。「どうして俺の期待を裏切るんだ」この言葉が象徴的だ。「どうして」という言葉は、相手を理解するために使う。

「どうしてそう思ったのか」
「どうしてつらいのか」

しかし藤吾の「どうして」は違う。相手の答えを聞くためではなく、自分の正解から外れた息子を責めるために使われている。つまり、質問の形をした命令なのだ。そんな父親に対し、大翔は初めて、自分がなぜゴールキーパーを続けたいのかを言葉にする。

父親は元フォワード。大翔はゴールキーパー。このポジションの違いも象徴的だ。フォワードは点を取りにいく。ゴールキーパーは守る。そして大翔が最後に語ったのは、「大切な人を守れるような人間になりたい」という思いだった。

大翔は、父親の人生の延長線上で生きることをやめた。父の期待する選手になるのではなく、自分自身がなりたい人間を選んだのだ。

ここでも鬼塚は、大翔に「父親に反抗しろ」と教えたわけではない。むしろ、「お前がここまで来れたのは、お前自身にすげえ才能があったからだよ。人よりも何倍も頑張ったからだよ。他の誰のおかげでもない」と、大翔自身の人生を大翔に返している。

これはかなり重要だ。親も教師も、ときに「あなたのため」という言葉を使う。もちろん、その多くは善意だろう。だが善意だからこそ、厄介でもある。

「あなたのために言っている」
「将来困らないために」
「お前ならもっとできる」

そう言い続けるうちに、いつの間にか本人の人生を、大人が代わりに設計してしまうことがある。今回、鬼塚が壊したのは、まさにその構造だった。