元プロ野球選手で野球解説者の山本昌氏が8日、YouTubeチャンネル『阿波野チャンネル』で公開された動画「山本昌、勝負の5年目に闘将・星野監督から下された非情通告。遅咲きの鉄腕サウスポーが苦悩の日々を語る。」に出演。プロ1年目から戦力外の危機に直面していた過去を明かした。
プロ1年目から戦力外の危機 山本昌氏「僕の名前が挙がったそうです」
動画では、阿波野秀幸氏とトークを展開。阿波野氏から「入団してすぐ危機感ずっと持ってる人」と評されると、山本氏はルーキー時代を振り返り、バッティングピッチャーを多く務めていたと説明。「2軍の試合にも投げられないし」と当時の苦しい状況を明かした。
続けて「正直言うとですよ……」と切り出し、「2軍のコーチが話してたんですけども、『今年の整理対象選手を誰にする?』っていうミーティングのときに、1年目の終わりに僕の名前が挙がったそうです」と告白。ただ、「さすがにそれはスカウトと高校に失礼」との意見が出たことで、「3年は見てやろう」という判断になったという。
阿波野氏から「よっぽど素行が悪かったんじゃない?」とツッコまれると、「僕は門限破りもしたことない」ときっぱり。「まともだったので、逆に4年目、5年目も残してもらえたかもしれないです。一生懸命頑張ってたんで」と振り返った。
一方、4年目を終えた時点では「1軍登板が4試合ですね、防御率が19ぐらいだった」と説明し、「もう本当に、普通ならクビでもおかしくないんですよ」と明かしていた。
【編集部MEMO】
1984年に日本大学藤沢高校からドラフト5位で中日ドラゴンズに入団。32年に及ぶ現役生活で3度の最多勝に輝き、1994年には沢村賞を受賞。2006年には史上最年長でのノーヒットノーランを達成(41歳)。以降も数々の歴代最年長記録を塗り替え、2008年には通算200勝を達成(42歳)。史上初となる50歳での登板を最後に、2015年に現役を引退。セカンドキャリアでは、野球解説者・スポーツコメンテーター、講演会講師として精力的に活動。ラジコン、クワガタのブリーダー、競馬など趣味の分野でも活躍中。
