JR東海は5月12日、新型特急車両385系の量産先行車を報道関係者らに公開した。名古屋~長野間を中央本線など経由して走る特急「しなの」の専用車両として、約1年間の走行試験を経て、2029年度に量産車を投入する予定となっている。
「しなの」の現行車両383系は、曲線の多い線区を高速で走るため、振り子機構を採用。ダイナミックな風景の変化を楽しむために大型窓を採用した。385系はこの基本設計を踏まえ、さらなるサービス向上を実現している。383系との比較を交えつつ、各部を詳しく紹介する。
8両固定編成、両先頭車とも展望車 - 分割併合やめて実現
385系(量産先行車)は8両固定編成で、編成両端は展望車となった。運転席越しに進行方向または後方の眺望を楽しめる。長野方の1号車は383系と同じくグリーン車。名古屋方の8号車は普通車だから、グリーン車よりお得に前面展望を楽しめる車両として人気が出るだろう。
383系の場合、6両固定編成の名古屋方は貫通路付きだった。ここに2両固定編成を連結した8両編成、4両固定編成を連結した10両編成で運用した。385系を8両固定編成とした理由は、分割併合をやめるから。需要と供給の動向、分割併合のコストや、作業負担、車両ごとのライフサイクルのばらつきなどを考慮し、総合的に判断したという。8号車(普通車)の展望車化は、分割併合運用をやめた成果ともいえる。
385系(量産先行車)の先頭車は、383系と同様に鋼製。展望車両であり、スピード感を演出するため流線型を採用している。この先頭部の第一印象は「とにかく白い」。ライト類が小型LED化し、ヘッドライトの位置が下がり、方向幕が廃止された。JR東海カラーのオレンジさえ取り去り、白色の面積が増えた。スカート(排障器カバー)も白塗りになった。特急「はるか」の281系(JR西日本)や、783系「ハイパーサルーン」(JR九州)を連想させる。
色彩心理学によると、白は清潔感や「リセット」「始まり」を印象づけるという。旅の期待に寄り添う色といえるかもしれない。
車体は日本車輌製造の「N-QUALIS」ブランドを採用した。車体側面はステンレス製で、最新の溶接技術を採用することで側面にあったビードラインが消え、すっきりした印象になった。先頭車と同様、白の配色が広くなったため、金属の光沢が抑えられ、優しい印象を受ける。
JR東海のシンボルカラーであるオレンジのラインは、窓下が細く、屋根付近が太くなった。これはホームドアのある駅で色を目立たせるためと考えられる。乗降ドアの下部は金色となっている。ドア部分の明確化かもしれないが、乗客に煌びやかな印象を与えるだろう。
先頭車の白色が側面の白いラインにつながっていくため、鋼製の先頭部とステンレス製の側面の境界が目立ちにくい。編成全体も白いラインとオレンジのアクセントラインでまとまった。外観のテーマは「アルプスを翔ける爽風」で、まさにイメージ通りの姿になった。
グレードアップしたグリーン車、普通車もコンセントあり
車内設備は383系から大きく向上した。1号車のグリーン車は3列シート(1列+2列)で、1列席は1人でも気兼ねなく旅を楽しめる。座席も大きく、バックシェルが付いているため、後ろの人を気にすることなく背もたれを倒せる。肩部分に読書灯、肘掛け部にドリンクホルダーと格納式インアームテーブルを装備。近鉄特急「ひのとり」「しまかぜ」の最上級座席と遜色がない。座席間隔は「ひのとり」のプレミアム車両と同じ1,300mmだという。
リクライニング機構はすべて電動で、JR東海の車両としては珍しくレッグレストを採用。すでに発表済みの東海道新幹線「上級クラス座席(半個室タイプ)」とほぼ同じだが、東海道新幹線のほうは2027年度にサービス開始予定とのことなので、「JR東海初のレッグレスト」は東海道新幹線になるだろう。
前席バックシェル裏側にスマホ・タブレットスタンドが付いたところは現代的といえる。水準器アプリで振り子機構の様子を確認してみたくなる。
グリーン車の客室内では、床と背もたれに暖色系、座面から腰にかけて寒色系の配色を採用。「北アルプスの朝焼け(赤系)や長野県花のリンドウ(青系)をイメージした」という。華やかで上品な落ち着きを感じる。木曽漆器や美濃焼も各所に飾られ、暖房機カバーも森林をイメージしている。デザイナーのこだわりが随所に感じられる。
3列シート(1列+2列)の採用もあり、グリーン車の席数は383系の44席から24席に減ったものの、希少価値が高まり、383系グリーン車との格差も大きく、予約の争奪戦が起きそうに思える。もしこれでグリーン料金が据え置きだったら安すぎる。
普通車は手動リクライニングシートとし、横4列(2列+2列)でプライバシーに配慮したハイバックシートを採用している。座面も背もたれも濃い緑に黄緑色の模様をあしらった。同一の配色だが、光が当たるところは新緑、影は深緑というように、森の表情の移り変わりが再現されているように感じられて好ましい。この配色は「木曽五木」をイメージしたという。林野庁の公式サイトによると、木曽五木は江戸時代に尾張藩が森林保護のため伐採を禁じた樹木で、ヒノキ、サワラ、アスナロ、ネズコ、コウヤマキの5種とのこと。
グリーン席と普通席の共通仕様として、眺望を楽しむために幅広の大きな窓を採用している。ちなみに、向かい合わせに座る際、奇数席(1列目など)と「奇数+1」の偶数席(2列目など)で窓を囲む。偶数席(2列目など)と「偶数+1」の奇数席(3列目など)だと、窓の間にある柱で視野を遮られる。ただし、これは報道公開された1・2号車の観察だから、普通車の3号車以降は確認が必要。その他、全席にコンセントを配置し、荷棚は383系より60%も拡大したという。
グリーン車だけでなく、普通車の座席も減った。385系8両編成における普通席の総数は376席。383系は8両編成(6両+2両増結)の普通席が計423席だから、47席減少している。運転室やトイレ、大型荷物置き場など共用設備を拡大した影響もあるだろう。もうひとつ注目すべき理由として、車両の長さが短くなったことが挙げられる。それは振り子機構の進化と関係する。
さらに「賢く」なった385系の振り子機構
振り子機構は曲線区間で車体を傾けるしくみ。乗客にかかる遠心力を小さくし、乗り心地を向上するために開発された。一部報道で「車体を傾けてスピードアップするため」とされることも多いが、厳密には「曲線区間で乗客にかかる遠心力を小さくするため」の機構となる。
高速道路の曲線部分で傾き(バンク)を設定するように、鉄道の線路も曲線区間で外側のレールを高くして傾けている。自動車と違ってレールと車輪は横方向に固定されるから、列車自体の速度は遠心力で脱線する限界まで上げられる。しかも車両の重心が低いほど限界は高い。ただし、乗客や貨物の輸送において、遠心力の限界はもっと低い。その指標が「遠心加速度0.8G」である。したがって、曲線区間の速度制限は、乗客にとって乗り心地が悪くなる限界以下に設定されている。
振り子機構は、列車の曲線通過速度を上げた場合に車体を傾け、乗客にかかる遠心加速度を0.8G以下にするしくみ。385系は383系と同じく、曲線通過速度を「+35km/h」としている。速度を35km/hプラスしても、乗客にかかる遠心加速度が0.8G以下にできることを意味する。
この振り子機構を最初に本格導入した線区こそ、特急「しなの」が走る名古屋~長野間だった。252.3kmのうち、半径600m以下の区間が全体の23.8%もあり、曲線区間全体で45.2%もある。そこで、国鉄時代に投入された車両が特急形電車381系だった。冷房装置を床下に置くなど低重心化し、軽量化に合わせて機械式振り子を導入した。
この振り子機構は、台車が曲線区間に入ると傾く仕様だった。これにより制限速度「+20km/h」を実現。乗り心地も改善したと思われたが、曲線に入ってしばらくしてから傾き、最大遠心力に達すると急に最大傾斜に傾くため、乗り物酔いが問題になった。
JR東海が投入した「しなの」の現行車両383系では、空気シリンダーにより傾きを制御する方式を採用している。ATS地上子を起点とし、車輪の回転数から計算して曲線区間開始の位置を把握。曲線区間が始まると同時に、電子制御で遠心力に合わせるように傾く。これで不自然な「振り子揺れ」を解消し、乗り心地も向上。動力機器の性能向上もあり、制限速度「+35km/h」の曲線通過を実現した。
385系(量産先行車)は電子制御振り子方式をさらに進化させている。383系のような車輪の回転数から計算する場合、雨天などで滑走や空転が発生すると計算に誤差が生じてしまい、正しい場所で傾斜を開始できなくなる。そこで、ジャイロセンサーによって曲線の位置を把握し、正確な位置で傾斜できる方式とした。383系の空気シリンダーを使った傾斜装置に代わり、アクチュエーター(電子制御)を搭載することにより、正確で細かい傾斜が可能となった。このアクチュエーターにダンパー機能を兼ねることで、機構全体の簡略化を実現した。
383系は曲線通過性能を上げるため、台車に自己操舵機構を備えている。台車の2軸のうち、車体端側の1軸について、軸箱の支持剛性を柔らかくして、車軸とレールをつねに直角にするしくみだという。385系ではさらに改良を重ね、剛性の異なるゴムを使った円筒積層ゴムを採用し、曲線通過性能を向上させている。ただし、制限速度「+35km/h」の曲線通過速度は変わらず、特急「しなの」の所要時間は変わらないとのこと。新技術は乗り心地の向上に注がれた。
こうした新型振り子機構の搭載や、各種機器の小型化によって車両の床下が整理されたこともあり、385系の車体の長さは20m前後に収まった。20m車体は大型車両の標準サイズだから驚かないかもしれないが、じつは383系など従来の振り子式車両は20mを超え、21m前後になっている。20m級車体では振り子機構を載せきれなかったためで、JR他社の振り子機構搭載車両も同様に20mを超え、21m前後の車体になっている。
385系の定員が減った理由のひとつに、車体が1mほど短くなったこともあると考えられる。むしろ383系の定員が多い理由は振り子機構の副産物かもしれない。385系が車体を短くした理由として、315系など他の車両と合わせるためと説明されている。他の車両と寸法を合わせると、車両基地や留置線で特別な配慮が不要になるし、なにより乗降扉の位置を合わせることで、各駅で整備が進む可動式ホーム柵の位置を合わせられる。
JR西日本区間への乗入れは不可に
385系(量産先行車)の制御装置はIGBTインバータになり、383系のGTOインバータより消費電力を5%軽減。ヘッドライト類だけでなく、室内照明や行先表示器に長寿命のLEDを採用するなど、省電力を徹底している。もっとも、国際的な水銀規制により、蛍光灯の製造販売は2027年で終了するため、「LED照明で省エネ」はもう説明の必要さえないかもしれない。
展望車の座席から運転席を見ると、技術の進化を感じ取れる。速度計などおもな計器は2枚のディスプレイモニターに集約された。383系は1枚だったから、385系はグラスコックピット化が進んだといえる。スタフ(運転士用の時刻表)スタンドはタブレット端末に対応し、USBコネクタが通っている。383系では、長い行路に対応した柱のようなスタンドがあった。これがなくなっただけでもすっきりした印象になる。眺望を妨げないところもいい。
保安装置はJR東海区間用の「ATS-PT」とJR東日本区間用の「ATS-ST」を搭載している。「しなの」が現在走る名古屋~長野間のうち、塩尻~長野間はJR東日本の篠ノ井線・信越本線に乗り入れている。一方、筆者の知人は運転席の画像を見て、SNSで「ATSモードの切り替えスイッチがないから、JR西日本に直通しないのではないか」と指摘した。JR東海に聞いたところ、知人が指摘した通り、385系はJR西日本区間に直通できないとのことだった。
かつて大阪駅発着で運転していた通称「大阪しなの」は、東海道本線を疾走する姿が魅力的だった。しかし、残念ながら385系では見られないようだ。
ただし、大阪~長野間の移動需要は北陸新幹線経由にシフトしている。筆者は北陸新幹線金沢開業の頃、大阪駅で「大阪発の北陸新幹線経由長野行き」のツアーパンフレットを見かけた。そんな需要があるのかと認識を改めたのだが、おそらく北陸新幹線の敦賀延伸で一定の需要があったのだろう。JR西日本は今夏の臨時列車で、敦賀発長野行の「はくたか」(敦賀駅で特急「サンダーバード」と接続)を設定している。「大阪しなの」の需要は見込めないものとして、JR西日本乗入れは割愛したといえるかもしれない。
385系(量産先行車)ではその他、台車の振動を検知する装置も搭載しており、異常を運転席に表示する。脱線など大きな衝撃を検知した場合、自動的に防護無線を発報できる。車両状態監視システム「DIANA-Data Integrated monitoring and Analysis System」によって、振り子制御装置、ブレーキ、空調の異常を車両基地に連絡することも可能。地上の指令所から運行情報を送信し、乗客向けに的確な案内も行えるようになった。安全面の機能として、ATS-PT、ブレーキ制御に必要な電動空気圧縮機、補助電源装置など主要機器を二重化している。わかりやすいところでは、運転席のワイパーが「主」「補助」の2本構成となった。
報道公開された385系(量産先行車)は今後、約1年間の走行試験を実施するという。試験終了は2027年度と考えられるが、一方で量産車の投入は2029年度とされている。最大2年間の時差はどうなるのか、「しなの」での先行投入があるかなど、疑問も浮かぶが、運用については未定とのことだった。383系は「ホームライナー瑞浪」での運用もあったが、こちらが385系になるだろうか。383系と同時期にデビューし、現在は特急「ふじかわ」「伊那路」などで活躍する373系の更新予定はあるだろうか。385系の導入に伴う在来線の車両動向も気になる。
各地の在来線特急車両は、線区の特徴が反映された独特の味わいがある。385系がまさにそれで、信州の深緑を通り抜け、木曽谷に沿って、まるで白い絹の帯が流れていく。かつて松本を舞台に大ヒットしたドラマ『白線流し』を思い出した。385系の「しなの」も、乗客ひとりひとりをドラマの主人公にして、心に思い出を刻み込ませるだろう。















