• 小学校の卒業式で涙する玲子さん=2016年4月

    小学校の卒業式で涙する玲子さん=2016年4月

15年に及ぶ膨大な取材映像から今回の番組をまとめるにあたって決めたのは、「15年の間にあったことを全部伝える」ということ。これまでのシリーズ放送で伝えきれていなかった部分を中心に据えることもできたが、佳祐さんがどのような人生をたどってきたのかを、15年の流れとして見せることを意識した。

過去の映像を見返す中で、「この時、玲子さんはこんなことを言っていたんだ」と改めて気づくことも。特に印象的だったのは、「2分の1成人式」を迎える佳祐さんに向けて手紙を書く場面。「最初は両親のことを書こうとしたけど、妙に刺激するかもしれないと思って、玲子さんとのそれまでの3年間の話を書いたと言っていたんです」と、この時期はまだ佳祐さんにセンシティブな話題を振れないでおこうと配慮していたことを再確認した。

あえてナレーションを入れず、2人の会話をそのまま生かした場面も。「いろいろナレーション原稿を書いてみるんですけど、もうそのまま見たほうがいいなとなってしまうのは、あの2人ならではなのかもしれません」と、掛け合いの面白さも魅力だ。

「震災でご家族亡くされた方が笑ったりしているようなシーンをお伝えするのは、なかなか難しい面もあったりするのですが、この2人は本当に自然体で、しかもその姿を撮らせていただけるので、本当にありがたいです」

  • 登校する2人=2014年2月

    登校する2人=2014年2月

報道から他部署に異動しても「取材行ってきていいよ」

取材開始当初から、2人はカメラをあまり意識しなかったのだそう。何度も通い、撮らない時間も重ねたことで、取材陣は「そこに一緒にいる人」のようになっていったのだ。

長期取材の中で、できるだけ同じスタッフで訪ねることも意識。カメラマンや音声担当も同じメンバーで通い、いつしか名前で呼ばれるようになった。こうして佐々木Dだけでなく、スタッフチームが2人と打ち解けていたことで、自然な姿を映し出すことができた。

当初は報道担当だった佐々木Dだが、この15年の間、スポーツ、本社営業、東京営業、制作など、会社員の宿命で様々な部署に異動していた。それでもこの2人に寄り添い続けられたのは、「報道から離れていた時にも“取材行ってきていいよ”と言ってくれたので、本当にありがたいです」と語るように、会社の理解も大きい。

震災前年にミヤギテレビへ入社した佐々木Dにとって、この2人の取材は、自身のテレビマン人生における柱のような存在になっている。

被災県の地元局である同局では、ほかにも震災をテーマに取材を続ける社員がいる。彼らも佐々木Dと同様に、部署を異動しても取材先の人たちと関係が途切れず交流が続いているケースがあるそうだ。

  • 2012年11月

    2012年11月