今回は1570(元亀元)年から1571(元亀2)年の様子が描かれた。以下で最も注目されたシーン以外の見どころを紹介していく。

まずは宇佐山城の戦いで可成が討死するシーンが挙げられる。比叡山・延暦寺に身を寄せた浅井長政(中島歩)と朝倉義景。天台座主・覚恕(黒田大輔)の助力を得て宇佐山城へ奇襲をかける。可成は奮戦するが、多勢に押され討たれる。激高した信長は比叡山を取り囲むが、戦線は膠着し第十五代将軍・足利義昭(尾上右近)の働きかけで和睦となった。

SNSでは「信長のブチ切れるシーン、珍しくなくなったな。それだけ可成は信頼していたんだな」「ついに序盤から仕えていた家臣の中から死亡者が出てしまったか」と可成の死を惜しむ声が集まった。

宇佐山城の戦いは、織田軍の勢力は約1千、浅井・朝倉連合軍には六角軍も加わり約3万という大軍だった。可成は力を尽くしたが勢力差は覆せず討たれた。このとき、19歳の長男・森可隆も供に討たれ、森家の家督はわずか13歳の次男・森長可が継ぐことになる。可成の父・森可行は美濃の国人で、当初は守護大名である土岐氏に仕えていた。斎藤道三(麿赤兒)が土岐頼芸を追放し美濃を納めると可行は美濃を離れ、尾張で信長の父・織田信秀に仕えた。可成に家督を譲ったあとは隠居しており、可成が討死した翌年1571(元亀2)年に後を追うように亡くなった。

また、史実では宇佐山城の戦いで信長の弟・織田信治も参戦していたがやはり討死している。尾張野府城主で市(宮崎あおい)の兄にあたり、子の柘植正俊は豊臣秀吉に仕えるようになる。しかし関ヶ原の戦いでは徳川家康に従った。子孫は旗本として幕末まで存続することになる。

小一郎、とも(宮澤エマ)を説得する

次に万丸(小時田咲空)を宮部継潤の養子に出すように小一郎が姉・ともを説得するシーンが挙げられる。愛息・万丸を手放すことを断固拒否するともに、小一郎はくだけた話し方ではなく武士としての言葉で語りかけた。すでに自分たちは百姓ではなく侍であり、守られる側ではなく守る側になったと懸命に説得する小一郎に弥助(上川周作)も同意する。最後はともも涙ながらに承知した。

SNSでは「宮部さんがちゃんと万丸を面倒見てくれて、両親にも誠実に対応してくれる人だったのが救いだったね」「親としてはつらいなあ。でもともさんも侍の嫁なんだよね」と、ともへの同情の投稿が寄せられた。

宮澤エマは2022年『鎌倉殿の13人』で小栗旬演じる北条義時の妹・実衣を演じている。実衣も運命に翻弄され、様々な苦難に見舞われたこともあり、「大河は宮澤エマさんへの扱いがひどいな」「今回も小栗旬さんが原因で曇らされてるじゃないですか!」といったコメントも見られた。

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明智光秀(要潤)、信長と義昭の間で揺れる

最後に信長と義昭の間で揺れる光秀が挙げられる。義昭のスパイとして信長の家臣となった光秀だったが、信長は光秀に疑いの目を向ける。そこで信長は光秀の忠誠を試そうと比叡山焼き討ちを命じた。女子供を救うために初めて信長の命に背いた藤吉郎とは対照的に、光秀は信長の命令を忠実に実行し、女子供もまとめてなで斬りにする。これにより義昭からは叱責を受けるが、信長からは恩賞として近江志賀郡を与えられ築城も許された。新参でありながら、織田家中で初の城持ち大名となった光秀。この破格の扱いによって信長と光秀の関係は大きく変わりそうだ。

SNSでは「公方様の言い方が悪いよ。よくやったの一言さえあればもうちょっとどうにかなったかもしれないのになぁ」「期待に応えたこともあるんだろうけど、信長って想像以上に光秀を買ってるんだな」と、光秀に対する信長と義昭の接し方が話題になった。

きょう3日に放送される第17話「小谷落城」では、遠江へ進軍してきた武田信玄(高嶋政伸)と徳川家康(松下洸平)が三方ヶ原で激突し、家康は大敗を喫する。さらに第十五代将軍・足利義昭が織田信長に対して挙兵するが、武田軍は撤退。窮地を脱した信長は、再び浅井長政の籠もる小谷城を攻める。

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