• (C)カンテレ

    (C)カンテレ

次にSNSで目についたのが、プロデューサーが、あのスマッシュヒット作『エルピスー希望、あるいは災いー』の佐野亜裕美氏だということだ。佐野Pが連ドラに戻ってくるのは実に3年半ぶり。その新作ともあって、期待を寄せるコメントが多く投稿されていた。

これに、プロデューサーがクリエイティブに集中できる環境を作りたいというミリアゴンスタジオの共同制作が加わった。つまり、佐野氏のクリエイティブ魂が存分に発揮できる環境が整ったということだ。

18日公開の「マイナビニュース」でのインタビューでは、佐野氏は、企画づくりの過程で、テレビ局員としての勤務時間外に、実際に選挙にボランティアとして参加した。そこで、「急な選挙で平日に無償で手伝いに来る人たちは普段何をしている人なのか、どういう関係性なのか…といったことが気になって、選挙戦を巡るいろんな人間模様が面白かったんです」と語っている。この人間模様の経験は、本作でも存分に生かされるはずだ。

カンテレだからこその“自由さ”の正体

そして、制作がカンテレということも、本作に期待を寄せられる大きな要素となっている。テレビ局は、自由にやりたいように作品が作れるわけではない。スポンサーや芸能事務所、さまざまなしがらみをクリアしながら作品が作られていく。これは筆者がテレビ誌記者時代に、多くのアシスタントプロデューサーやプロデューサーから聞き、時にはその苦労を目の当たりにしてきたから思うのだが、心身を壊しかねないほどの気を遣いながら仕事をするAPも多くいる。昨今はコンプラ問題もあり、さらに考えなければならないことも増えた。

そんななか、カンテレの良さというのは、「政治部」がないことだ。これも実際、カンテレの某Pに聞いた話だが「カンテレドラマは、そのしがらみがない自由さがある」と語っていた。つまり、局の報道姿勢に対する色や方向性に縛られない。イデオロギーや党派などに左右されないゆえ、政治がかかわるドラマでも、クリエイターが作りやすい環境が、他キー局より整っている。本作であれば、市井に生きる人々が“幸せ”になる政治というものに立ちふさがる壁や、諸問題も、イデオロギーも党派も超えて、「政治部」に忖度することなく描くことができる。

──さて、物語は始まったばかりだ。社会派でありながら、人間ドラマ。政治を扱っていながら、お仕事ドラマ。おそらく茉莉やあかりは、暗いニュースが続く現代、市井の人々が抱えるモヤモヤを代弁してくれる存在になるだろう。そして現状に不満がある人々にとっても、胸をすく爽快な展開が用意されているはず。政治という伏魔殿に風穴を開ける2人の活躍に期待だ。

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