2番目に注目されたのは20時42分で、注目度71.2%。三浦庄司(原田泰造)が『赤蝦夷風説考』を読み驚きをあらわにするシーンだ。

江戸では、狂歌のほかにもう1つ注目を浴び始めたものがあった。田沼意次の側近・三浦庄司が、宴の席で1人しらふで食い入るように読んでいる『赤蝦夷風説考』だ。「三浦様、やはり気になりますか。それを書いたのは工藤先生ですよ」と教えられた庄司は、乱痴気騒ぎの中心で千両箱を掲げる男に目をやった。

工藤平助(おかやまはじめ)というその男は、医師でありこの屋敷の主人でもあった。ずいぶんと酒が進んでいるようで、宴は大いに盛り上がりを見せている。庄司の手にあるこの一冊の本が、主君・意次の政治に多大な影響を与えることになるのは、まだ少し先の話である。

「意次の行く末を見たいような見たくないような」

このシーンは、『赤蝦夷風説考』による新たな物語の展開を、視聴者が期待したと考えられる。

庄司の驚きようと九郎助稲荷(綾瀬はるか)のナレーションは、視聴者に新たな局面の訪れを感じさせるに十分な効果があったね。狂歌に蝦夷という新しいテーマに、大田南畝(桐谷健太)をはじめ次々に登場する新しい人物。ワクワクが止まらない。

SNSでは、「べらぼうにとうとう『赤蝦夷風説考』がでてきたね」「土山宗次郎に工藤平助、そして蝦夷。意次の蝦夷調査の下地が整いつつある」「ついにここまできたか…意次の行く末を見たいような見たくないような複雑な気分だ」と、視聴者からは今後の展開に期待や不安が寄せられている。

鎖国という閉鎖した外交政策を実施していた当時の幕府だが、例外的に他国と交易を行っている窓口があった。長崎がオランダ及び中国と、薩摩藩が琉球、対馬藩が朝鮮、そして松前藩が蝦夷と交流をしていた。この4か所を四つの口、または四つの窓と呼ぶ。

松前藩は蝦夷の松前福山(現在の北海道松前郡松前町)に置かれた藩。藩主は松前家という外様大名だった。松前藩の開祖は、室町時代中期から戦国時代にかけて蝦夷地の南端部に和人政権を確立した蠣崎氏。蠣崎氏の5代目である蠣崎慶広の時代に、1593(文禄2)年に豊臣秀吉から、そして1604(慶長9)年には徳川家康から蝦夷地での交易独占権を公認される。その後、慶広は姓を松前と改め、松前福山に居城である福山館を築いた。

今回、『赤蝦夷風説考』に目を奪われた三浦庄司は、備後・福山藩(現在の広島県福山市)の庄屋の生まれと言われている。農政に明るかったことから見いだされ、田沼家の用人だった三浦五左衛門の養子となり、田沼意次が権力を握るとその用人として重用されるようになる。用人とは大名・旗本家において、主君の用務を伝達したり、庶務を司る重要な役目であり、有能な者が選ばれることが多かったようだ。