現在、国会では「年収の壁」の見直しについて、活発な議論が行われています。扶養内で働く人たちにとって、年収の壁を超えるか超えないかは、手取りに影響するためとても気になるトピックでしょう。

そこで、扶養から外れて働き出した場合、どのくらい稼げば手取りが減らないのか、社会保険に加入したケースで加入後の手取りをシミュレーションしてみました。また、社会保険料を支払うことで、将来の年金額が増えますが、支払った保険料のもとを取るには何年かかるのかも試算しています。働き方を考える際の参考にしてみてくださいね。

Q. 「4月から扶養を外れて働くつもりです。手取りが減らないようにするにはいくら稼げばいいですか?また年金で保険料負担のもとを取るには何年かかりますか?」

手取りに大きく影響する「106万円の壁」「130万円の壁」

いわゆる「年収の壁」と呼ばれるものにはいくつかありますが、その中で、社会保険に関する壁である「106万円の壁」と「130万円の壁」は手取りに大きく影響します。

所得税の壁である「103万円の壁」や配偶者控除・配偶者特別控除の壁である「103万円・150万円・201万円の壁」は、壁を超えた人と超えてない人で手取りの逆転はありません。

しかし、社会保険に関わる壁は、壁を超えたことでこれまで支払いがなかった社会保険料の支払いが発生するため、かえって手取りが減る逆転現象が起こります。

社会保険料の負担と手取り収入への影響

では、実際にどのくらい手取りが減るのか、年収ごとにシミュレーションしてみましょう。

<前提条件>
健康保険料率は協会けんぽの全国平均を使用 - 健康保険料は介護保険料(40歳から64歳までの方)も含む - 所得控除は基礎控除と社会保険料控除のみ - 住民税は所得割10%+均等割5,000円-税額控除

  • 社会保険料の負担と手取り収入への影響(筆者試算)

年収130万円で、扶養内で働いた場合の手取りは124万5,500円ですが、年収が10万円増えて社会保険に加入すると、手取りは115万230円に減ってしまいます。年収150万円でも手取りは122万2,278円と、年収130万円(扶養内)の手取りよりも少なくなっています。年収160万円になってようやく手取りの逆転現象はなくなり、年収が増えるに従って手取りも増えていきます。筆者の試算では、年収153万円を境に逆転現象が解消されます。

手取りが減らないようにするには、年収150万円以上を目指すといいでしょう。

支払った保険料のもとを取るには何年かかる?

社会保険(健康保険・厚生年金)に加入して働くと、将来の年金額が増えます。また、医療保険においては、「傷病手当金」や「出産手当金」を受け取ることができます。ここでは、確実に受け取れる「年金額の増加」を考えてみましょう。

年収150万円で社会保険に加入して10年間働いた場合、年金はどのくらい増えるのか計算してみます。

計算式は以下となります。

<厚生年金の報酬比例部分>
平均標準報酬額×5.481/1000×加入月数

※5.481は生年月日ごとの乗率
※平均標準報酬額12万6,000円として計算

12万6,000円×5.481/1000×120ヵ月(10年)=8万2,872円

年収150万円で10年間働くと年額8万2,872円年金が増えます。

これに対して支払った保険料を考えてみましょう。厚生年金保険料を納めることで年金は増額されますが、実際は健康保険料も加えて、社会保険料としてセットで給料から引かれるので、両方をあわせた保険料で考える必要があるでしょう。

年収150万円の場合、厚生年金保険料が138万3,480円(13万8,348円×10年)、健康保険・介護保険料が87万6,240円(8万7,624円×10年)、合計225万9,720円となります。

225万9,720円を8万2872円で割って年数を求めると、27年4か月かかることがわかりました。

65歳から年金をもらい始めた場合、92歳以上生きてようやくもとが取れる計算です。

年金は支払った保険料が返ってくるものではない

そもそも支払った社会保険料のもとを取るには年金何年分になるのかという考え方は、会社員の扶養となっている専業主婦(主夫)と比較した場合の話であって、本来の年金の趣旨とは異なります。

日本の公的年金制度は、現在の現役世代が支払った保険料を、その時の高齢者の年金給付に充てる「賦課方式」で成り立っており、自分が積み立てたお金を将来自分が受け取る仕組みではありません。

もとを取るという考え方は間違っているものの、老後のリスクヘッジとして社会保険に加入することがメリットになることは間違いありません。その点を次項で詳しくみていきましょう。

長期的な視点で考えよう

扶養から外れて働くことは、短期的な視点に立つと、手取りが減ることのデメリットに目が行きますが、長期的な視点で考えると次のようなメリットがあります。

<社会保険加入のメリット>
1.基礎年金に報酬比例部分が上乗せされる
2.障害年金・遺族年金が充実する
3.傷病手当金・出産手当金が受け取れる
4.保険料が折半になる
5.家計に余裕が生まれる

1については、前項のとおり。2以降をみていきましょう。

2.障害年金・遺族年金が充実する

厚生年金に加入すると、老齢年金だけなく、障害年金と遺族年金の給付も上乗せされます。

障害基礎年金は、障害等級1、2級でないと受給できませんが、障害厚生年金では障害等級3級でも受給できます。また、3級より軽い一定の障害のときに支給される障害手当金(一時金)もあります。

遺族基礎年金は、子のいる配偶者または子でないと受給できませんが、遺族厚生年金は、子の有無は関係なく配偶者および子が受給でき、配偶者や子がいない場合は父母や孫、祖父母まで受給できる可能性があります。

3.傷病手当金・出産手当金が受け取れる

会社員が加入する健康保険には、傷病手当金と出産手当金の支給があります。

傷病手当金は、療養のために働くことができない場合、その休んだ日から起算して4日目以降の働くことができない期間(最長1年6ヶ月間)、給与の2/3相当が支給されます。

出産手当金は、出産のために会社を休み、給料が支払われない場合に、産前42日・産後56日までの間、給与の2/3相当が支給されます。

4.保険料が折半になる

これは、国民健康保険・国民年金との比較ですが、会社の健康保険および厚生年金に加入すると、保険料は会社と折半となり、半分の負担で済みます。保険料の負担は軽くなるのに保障は充実します。

5.家計に余裕が生まれる

扶養を外れて働くことの一番のメリットはこれです。年収の壁を意識して働き控えをしてしまうと、スキルも上がらず、補助的な仕事からなかなか抜け出せません。壁を超えて働き出せば、最初は手取りの減少が気になっても、働く時間が増えることで徐々にスキルが上がり、収入も増えていくでしょう。収入が増えれば、家計に余裕が生まれて貯蓄を増やすことができます。社会保険の加入は、年金が増えるだけでなく、老後資金の増加にもつながります。長期的な視点に立って、得られるものは何かを考えていくといいでしょう。