子育て環境の厳しさから、「子育て罰」という言葉がよく聞かれるようになりました。一方で、便利な電化製品やサービスによって、子育てしやすくなっているという声も、特に上の世代から聞こえてくることがあります。実際、子育て世帯を取り巻く環境は30年前と比べてどう変化しているのか、データを読み解きながら考察してみたいと思います。

  • 子育て世帯を取り巻く環境は30年前と比べてどう変化した?

    子育て世帯を取り巻く環境は30年前と比べてどう変化した?

子育てしにくい、経済的な理由がトップ

ベネッセコーポレーションが実施する「たまひよ妊娠・出産白書2023」によると、「日本の社会は、子どもを産み育てやすい社会だと思いますか?」の問いに、「あまり+全くそう思わない」という母親が76.8%となり、昨年の調査に比べて10ポイント増えています。

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    「日本の社会は、子どもを産み育てやすい社会だと思いますか?」出典: ベネッセコーポレーション「たまひよ妊娠・出産白書2023」

「そう思わない」理由を聞くと、母親、父親ともに「経済的・金銭的な負担が大きいから」がトップで8~9割を占めています。

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    「子どもを産み育てやすい社会だと思わない理由」出典: ベネッセコーポレーション「たまひよ妊娠・出産白書2023」

このように、子どもを産み育てにくいと感じている理由のトップに経済的・金銭的な負担がくるということは、昔と比べて、収入が減っているのか、子育て費用が増えているのか、その両方なのか、データから検証してみたいと思います。

30年前と現在の収入の変化

30年前の収入と現在の収入の変化をみるために、国税庁「民間給与実態統計調査結果」から、1年を通じて勤務した給与所得者の平均給与(※)をみてみましょう。

※1年間の支給総額(手当を含めた給料と賞与の合計額)の平均値。「平均年収」のこと。

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    平均年収の推移 出所: 国税庁「民間給与実態統計調査結果・長期時系列データ」をもとに筆者作成

今から30年前の1993年(平成5年)の平均年収は452万円でした。令和3年(現時点の最新)の平均年収は443万円なので、30年前よりも下がっています。

年収は額面なので、ここから税金や社会保険料が引かれて、実際の手取りはさらに少なくなります。30年前と現在では、税負担、社会保険料負担はどのくらい変化しているのでしょうか。

それを確認するために、国民負担率(租税負担率+社会保障負担率)をみてみましょう。

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    国民負担率(対国民所得比)の推移 出典: 財務省「国民負担率(対国民所得比)の推移」

今から30年前の1993年(平成5年度)の国民負担率は36.3%でした。2023年(令和5年度)の国民負担率は46.8%となっており、10.5ポイント上昇しています。

このことから、30年前よりも、税負担、社会保険料負担が増え、手取りが減っているといえます。

30年前と現在の教育費の変化

次に、子育て費用は増えているのか、教育費の変化をみてみたいと思います。

30年前と現在の教育費を比べるために、教育費の中で一番費用がかかる大学の費用を比べてみます。

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    30年前と現在の大学費用比較 出所: 文部科学省「国公私立大学の授業料等の推移」「私立大学等の令和3年度入学者に係る学生納付金等調査結果について」をもとに筆者作成

国立大学の授業料はこの30年間で12万4200円値上がりしています。入学料は5万2000円の値上がりです。一方、私立大学の授業料はこの30年間で24万2897円値上がりしています。私立大学の入学料だけ30年前より3万円程度下がっています。

なお、この金額は初年度にかかる金額であって、授業料は4年分かかります。大学4年間の総額にすると、国立大学で54万8800円、私立大学で94万1715円、30年前よりも値上がりしたことになります。

物価の上昇、消費税アップも

教育費については大学の学費のみで比較しましたが、幼稚園から高校までの学費、大学の下宿代、さらに習い事や塾代なども考えると、わずかな物価の上昇でも負担は大きくなります。また、子育て費用は教育費だけではありません。教育費以外の食費や被服費、生活用品費など、子どもの日々の生活でかかってくる「養育費」も大きな支出となります。

物価の動きを指数化した「消費者物価指数」をみてみると、2020年(基準年)を100とした場合の総合指数(年平均)は、1993年は95.4であるのに対し、2022年は102.3となっており、6.9%上昇しています。

30年前と今では消費税も変わっています。消費税率は現在10%ですが、1993年は3%でした。

これらのことから、子育て費用は30年前に比べて増えているといっていいでしょう。

共働き世帯が増えている

ここまでの内容をまとめると、「30年前と比べて、手取り収入は減っているが、子育て費用は増えている」となります。家計が厳しくなれば、共働きを余儀なくされるでしょう。実際、共働き世帯は増えているのか、「令和4年版厚生労働白書」から共働き等世帯数の年次推移をみてみましょう。

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    共働き等世帯数の年次推移 出典: 図表1-1-3 共働き等世帯数の年次推移|令和4年版厚生労働白書-社会保障を支える人材の確保-|厚生労働省

1980年は、専業主婦世帯が共働き世帯のおよそ2倍でしたが、1992年から専業主婦世帯と共働き世帯の数が逆転します。2000年あたりまで拮抗し、その後は共働き世帯が増えていき、専業主婦世帯は減っていきます。2021年には、共働き世帯の1247万世帯に対し、専業主婦世帯は566万世帯と約2.2倍の差となっています。

30年前の1993年は専業主婦世帯と共働き世帯はほぼ同数であり、現在の圧倒的に共働き世帯が多い状況との違いがはっきりわかります。

仕事と子育ての両立の難しさ

共働き世帯の増加、専業主婦世帯の減少から、子どもができたら女性は育児に専念するという概念は、現在ではほとんどなくなっているといっていいでしょう。その結果、仕事も育児もこなさなければならない現在の子育て環境は昔と比べてハードルが上がっていると言わざるを得ません。もちろん、昔の方が大変だったという見方もあります。子育てグッズや電化製品、便利なサービスが今ほど充実していなかった、夫の育児参加が今ほど当たり前でなかったなど、大変さの基準が異なっている面もあります。それ故、個人レベルに落とし込んで、どちらが大変だったという話は本質とずれてしまいます。

ここでは、現状の問題点にフォーカスしてみたいと思います。

  1. 若年層の雇用環境が昔に比べて悪化した結果、共働きでないと家計が維持できない
  2. 教育費が年々上がっている一方で、将来不安から教育にお金をかけざるを得ない
  3. 国は児童手当や教育の無償化を推し進めているが、中・高所得層は支援カットや負担増になっている
  4. 仕事と子育て両立のための制度が整っていない(待機児童問題など)
  5. 国は女性の活躍を推進しているが、価値観は昔のままであるため、結果的に女性の負担が増している
  6. 国は父親の育児休業を推進しているが、企業の体制やキャリアへの支障、社会の理解など、まだまだ困難な面がある
  7. 核家族化、隣人との繋がりが希薄になったことで、夫婦が孤立しやすい
  8. 子どもだけで遊ばせられないなど、子どもを取り巻く環境が厳しくなっている(昔のようにおおらかに子どもを育てることができない)

8つほど列挙してみましたが、それぞれの問題は互いに関連しており、複雑化しています。そのため、これらの問題を解決していくには長い時間が必要になるでしょう。しかし、個々の意識を変えていくことなら今すぐに取り掛かれると思います。子育てしやすい環境作りのために一歩ずつでも前進していければ、「子育て罰」という言葉もなくなっていくでしょう。そんな世の中になってほしいと思います。