富山県の第三セクター「あいの風とやま鉄道」が、高岡駅を起点とするJR城端線・氷見線の経営を引き継ぐことで大筋合意し、今後10年以内に移管される見通しとなったと報じられた。10月1日に施行される改正地域交通活性化再生法に先駆けた取組みとなる。あいの風とやま鉄道は5つの条件を示しており、達成に向けた取組みが始まる。

  • 北陸新幹線の開業と並行在来線の分離によって、城端線と氷見線はJR西日本の他の在来線から孤立した(地理院地図を加工)

城端線と氷見線は、明治時代に中越鉄道が開業した路線である。もともと1本の路線で、現在の城端線沿線で生産された農産物を現在の氷見線沿線の伏木港、氷見港へ運ぶ目的だった。後に中越鉄道は支線として新湊線を建設した。伏木港の小矢部川対岸地区へ向かう路線で、こちらは現在もJR貨物が保有し、運行している。

城端線が通る砺波平野は広大肥沃な農業地帯。江戸時代に加賀藩が開拓を奨励したところでもある。氷見線の終点、氷見の港は江戸時代より農産物や材木の扱いが盛んで、漁獲量も多かった。鉄道の荷物取扱量は増加傾向にあったものの、中越鉄道の資本力では設備増強が追いつかず。積み残しも多かったという。そこで1920(大正9)年に荷主たちの後押しで国に買収してもらった。

1960年代後半、国鉄の赤字財政が問題となった。1968(昭和43)年、国鉄諮問委員会は「営業キロ100km以下」「定期客の片道輸送量が3,000人以内、貨物の1日発着600t以内」「競合輸送機関によって旅客・貨物とも減少している」などを基準に、ローカル線83線を廃止またはバス転換する方針とした。しかし城端線と氷見線は対象にならなかった。

1980(昭和55)年の国鉄再建法で、輸送密度4,000人/日以下の路線は「特定地方交通線」として廃止する方針になった。このときも城端線と氷見線は輸送密度4,000人/日を超えていたため、対象にはならなかった。しかしその後、自動車の普及や沿線人口の減少などで、旅客も貨物取扱量も減っていく。

これに対して沿線自治体の動きは速かった。国鉄が分割民営化された1987(昭和62)年10月、「城端・氷見線活性化推進協議会」が設立された。高岡市、砺波市、南砺市、氷見市の4市と関係交通事業者等が参加している。利用促進の取組みやイベントに助成するほか、ケーブルテレビ向けPR番組の製作、美化運動、児童を対象とした鉄道応援団育成などが進められた。

この取組みの発足は、まだ存廃問題すらない時点でのことだった。当時の「国鉄分割民営化しても線路は残します」という広告からも日が浅い。地域が鉄道を大切だと思う気持ちが表れている。

  • 城端線・氷見線の観光列車「ベル・モンターニュ・エ・メール(べるもんた)」

観光列車「ベル・モンターニュ・エ・メール(べるもんた)」もその成果のひとつ。JR西日本が協議会の取組みを認めて運行開始したといえるだろう。

城端線・氷見線の輸送密度は下がっているものの、取組みの効果もあって2,000人/日以上を維持できている。JR西日本が公開したデータを見ると、2021年度の城端線の輸送密度は2,376人、氷見線の輸送密度は2,051人だった。

■発端はJR西日本のLRT化提案だった

JR西日本は2020年1月、城端線・氷見線を地域の足とするために、LRT化などの新交通体系を富山県や沿線自治体に提案した。

これには成功例がある。1999(平成11)年、JR西日本が富山港線のLRT化を提案し、富山ライトレールとして発足した。車両の新製、駅の改良、富山駅付近の新規併用軌道ルート建設などを経て、2006年に開業した。運行本数を3倍に増やし、とくに通勤時間帯は10分間隔で電車を走らせた。フィーダーバスの運行も加えて利用者を増やし、沿線の人々の生活習慣も変えた。

富山県は鉄道を生かした交通体系を重視する土地柄だと思う。じつは富山地方鉄道も、戦時中の1943(昭和18)年、富山電気鉄道を中心に県営鉄道や市営軌道を含めた鉄道・バスを統合した会社として発足した。この体制は戦後も維持されて現在に至り、最近では富山ライトレールを富山地方鉄道市内線に統合した。

いくつかの市民グループがLRT化へ期待し、意見交換会を行う中で、沿線4市と富山県、JR西日本による検討会が開催された。調査の結果、非電化路線のLRT化には膨大な費用がかかると判明した。低床型LRTは240億~435億円、無架線の蓄電池型LRTは421億円、ディーゼル発電型電車は131億円、線路を舗装するBRTは223億円となった。

沿線4市は鉄道のままディーゼル発電型電車を新製導入することで一致した。これには費用だけではない利点も多い。ディーゼル発電型電車を導入するにあたって、既存施設をそのまま使える。つまり転換工事による運休やバス代行が不要になる。鉄道車両はLRTよりも重量があるため、冬季運行のリスクが低い。あいの風とやま鉄道へ乗り入れることもできる。城端線・氷見線の直通化については、線路配置や信号の変更などの追加費用が約30億円あれば可能になるという。ダイヤも検討され、新型車両の車両数は26両を想定している。

■5つの条件の内容は? 達成に向けた取組みに期待

鉄道を残す。この結論を受けて、新たに「城端線・氷見線 再構築検討会」が設立された。第1回は今年の7月30日に行われ、沿線4市から「新たな鉄道会社を設立するより、あいの風とやま鉄道に移管したい」と要望があった。富山県の新田八朗知事は、9月4日の会見で、再構築検討会にあいの風とやま鉄道が参加することについて、「沿線4市以外の11市町村から了承を得た」と説明している。これを受けて、9月6日の第2回にあいの風とやま鉄道の日吉敏幸社長が出席した。

沿線4市長の要請を受けて、日吉社長は「当社が将来、城端線・氷見線を引き受け、現在の路線と一体的に運営することで、料金面やダイヤの改善が見込め、交通ネットワークが強化される」「新たな第三セクターを設立するより合理的」と前向きな意向を示した。同席したJR西日本金沢支社の漆原健支社長も、「地域が望むなら(移管について)異存はない」と述べた。

ただし、あいの風とやま鉄道は筆頭株主が富山県、次位が富山市、3位が高岡市、4位が射水市であり、民間企業25社が出資する。富山県の会社であり、一部地域の赤字必至の路線を引き受けるにあたって、県内全域の利害関係者から了承を得なければならない。沿線外の地域からは、新たな費用負担には応じられないとの声もある。

それを含めて、あいの風とやま鉄道は、「当社が将来、城端線・氷見線の経営を引き継ぐ場合の条件」を提示した。

(1)現路線とは区分経理した上で、現路線の経営に支障が出ないよう、城端線・氷見線の赤字補てんの保証を行うこと
(2)運転士や施設、電気、車両など技術系の要員を確保するため、JR 西日本の社員が一定期間、当社に出向していただくこと
(3)経営移管前に、JR西日本において、レール、まくら木、分岐器、道床などの本格的な再整備を行っていただくこと
(4)指令や駅運転のための設備整備、券売機の整備も経営移管前に行う必要があり、当社がその整備を行う場合は必要な財源を確保していただくこと
(5)仮に両線の直通化を行う場合、連動信号の再整備など高度な知識・技能が必要となり、当社は技術的にも人員的にも能力不足であることから、JR 西日本の全面的な支援が不可欠であること

簡単にまとめると、「現在の並行在来線に影響が出ないように、初期投資と運用年の赤字を負担してもらいたい」「JR西日本に全面的に協力してほしい」の2つ。JR西日本としては、未来永劫に赤字ローカル線を手放せるから、この条件なら賛成だろう。あとはお金の問題で、富山県や沿線4市の負担割合を解決させる必要がある。

10月1日に改正される地域交通活性化再生法により、自治体または交通事業者の要請で、国が地方交通の「再構築協議会」を設置できる。鉄道の存廃も含めて、地域に最適な交通手段を作るためである。ここで事業実施計画を策定し、国土交通大臣が認定すれば、社会資本整備総合交付金(地域公共交通再構築事業等)を獲得できる。補助率は費用の2分の1。予算は年度ごとに限りがあるため、実質的には先着順となる。

「再構築協議会」は当初、輸送密度1,000人/日未満の路線が対象と報じられていた。しかし、運用は輸送密度4,000人/日までを対象とする方針になった。「城端線・氷見線 再構築検討会」は国が設置する前に当事者間で自主的に設置された。しかもJR西日本のLRT化提案から約3年8カ月で鉄道の存続が決定した。LRTにはならなかったが、すばやい決断には、沿線自治体とあいの風とやま鉄道の理解がある。

現在、城端線・氷見線に対し、通学で乗車する高校生から「朝夕ともに混雑している区間が多い」「1時間に1本では学校に早く着きすぎるか、遅刻ギリギリの列車しか選べない」などの不満が挙がっているという。旅行者についても、「となみチューリップフェアを訪れる観光客が砺波駅でICカード乗車券が使えず、生産の長い列ができた」と報じられていた。

輸送密度2,000人/日未満、1,000人/日未満になると、再構築すなわち鉄道廃止という選択肢が大きくなる。城端線・氷見線の沿線は、手遅れになる前にきちんと対処できた。今後は「5条件」の達成に向けた取組みを期待したい。最新式のディーゼル発電式電車で城端~氷見間の観光列車に乗れる日が来る。いまからとても楽しみだ。