第70回菊池寛賞が今月11日に発表され、脚本家の三谷幸喜氏らが選出された。三谷氏は「コメディから『鎌倉殿の13人』などのシリアスな歴史劇まで舞台、テレビドラマ、映画のすべてで優れた作品を生み出し続けている」として受賞したが、史実を生かしつつ物語を自由に編んでいる大河ドラマ『鎌倉殿の13人』(NHK総合 毎週日曜20:00~ほか)の脚本は実に見事だ。

  • 『鎌倉殿の13人』北条義時役の小栗旬(右)と源実朝役の柿澤勇人

『鎌倉殿の13人』第39回「穏やかな一日」(脚本:三谷幸喜 演出:保坂慶太)はサブタイトルと違って穏やかではなかった。

義時(小栗旬)がついにあからさまに意地悪になったことが衝撃的で……。北条家の大事な仲間・鶴丸(きづき)を御家人にしようと実朝(柿澤勇人)に頼んだら拒否されて機嫌が悪くなり、ねちねちと責める場面にはハラハラした。

実朝は実朝で和田義盛(横田栄司)を上総の国司に推挙させようとして義時に反対されていることを批判する。義時は北条家を盤石にしようとしていて、それを阻み、かつ絵に描いたような坂東武者で人気も高い和田を気に入っている実朝は、北条家にとって警戒すべき存在になる。政子(小池栄子)が政(まつりごと)は身内びいきで成り立つものではなくもっと厳かなものと思うと語るのを聞いていた八田(市原隼人)がちくりと嫌味をいうのがおもしろい。

実朝が義時の頼みを断ったのは、政治的な意識はまるでなく、鶴丸が泰時(坂口健太郎)と仲良くて嫉妬をしたからという、実に個人的な理由で、義時と実朝が友人同士で、男女の恋愛の話だったら、「そうかーその気持ちわかるよ」ということで済みそうなことである。だが、実朝は男性が好きなことを人に隠しているし、実朝と義時は政治問題で複雑な関係にある。だから、極私的な感情もおおごとに発展してしまう。上に立つ者は大変だなと感じる。いや、上に立つ者のみならず、人間関係には往々にして、些細なボタンの掛け違いがおおごとになってしまうことがある。

『鎌倉殿の13人』の上に立つ者たちは遠い雲の上の存在ではなく、私たち庶民と同じようなことで悩んだり苦しんだり滑稽なことになったり弱かったりしていて、そこがとてもいい。義時だって父・時政(坂東彌十郎)を情に流され殺さなかったがために御家人を力で抑えることができず、こうして義盛の勢力を阻まないとならなくなっているのだ。さらにこれまで支えてくれた義村(山本耕史)を怒らせてしまうような選択(守護を2年ごとに変える)をする。そのときそのとき必死で選択したことによって開かれていく道がどんなものでも前進し続けるしかない人間の哀しみ。

そんな人間の哀しい営みを見つめるような実朝を、柿澤勇人が繊細に演じている。実朝のまなざしは荒んだ鎌倉のなかにわずかに残る情を見逃さない。数少なくなった坂東武者らしい素朴で豪快な義盛と一緒にいるときは解放されたように笑い、歌を教えている三善(小林隆)は好人物ながら要領がよくないけれど決して邪険にしない。妻の千世(加藤小夏)に実朝は誰にも言えない悩みを打ち明ける。実朝の人々との触れ合いは、彼が暮らしや自然を写実的に和歌として歌うような視点を持っていたからこそのものではないだろうか。

柿澤勇人は人間国宝を曽祖父や祖父に持って伝統芸能にも子供の頃から触れているからか、どことなく良家の気品を感じさせる。劇団四季のミュージカルに出演し、退団後もミュージカルに出演することが多いため、和歌を吟ずるときの声やトーンが聞き心地がいい。三谷幸喜作品では、繊細で頭のいいシャーロック・ホームズを演じているという、実朝は彼なくしてなかったと思えるいいキャスティングである。

第39回では実朝の和歌がキーになっていた。実朝が泰時を想って送った歌が恋の歌で、返歌を求められても応えられない泰時に、代わりに渡したダイナミックな写実的な歌の下の句「割れて砕けて裂けて散るかも」は実朝の恋心が砕けたとも解釈できるし、鎌倉幕府が崩壊しかかっている予兆にも感じられる。さらにちょっと検索するだけで誰でも到達できるのは(昔なら図書館行ったり、専門書を取り寄せたりしないとわからないことがいまや誰でもすぐわかって便利。ただし、ネットの情報は玉石混交なので判断も必要)、この歌の本歌(「本歌取り」というもとの歌から発想を広げるオマージュ的なこと)は恋の歌であることで、割れて砕けて諦めたと思いきやあくまでも恋ごころをそっと伝えたいことには変わらないという実朝の切実な想いに解釈することも可能なのである。

義時のことも実朝のことも本当のことはいまとなってはわからない。実朝には子供がいなかったことは事実ながら、女性を愛せず、男性を愛する人物だったかはわからない。また、今回の、義時と実朝の対立も、実朝がそういうつもりじゃないように見えるが、実際は義時を抑制しようとしていたのかもしれない。義時も急に感情的なスイッチが入ってしまったように見えるが、もともと実朝を警戒しているのかもしれない。そのなかで史実として確かな、実朝は和歌の才能があったことを生かして物語を自由に編んでいるところが実に見事。これは嘘をつくとき、そのなかに本当を混ぜておくという嘘の鉄則そのもの。フィクションのなかに混ざったひとさじのノンフィクションがこんなにもドラマを豊かにする。

三谷幸喜氏は、第70回菊池寛賞(2022年)に選出された。文藝春秋の創業者・菊池寛(明治21年~昭和23年)が日本文化の各方面に遺した功績を記念するための賞ということで、『鎌倉殿の13人』は受賞に値する作品だと思える。

あまりにもストーリーがよくできているため、冒頭に、語りの長澤まさみがサプライズで登場(北条家で働いている人物役らしい)したことが霞んでしまった。物語のなかの遊びも楽しみのひとつではあるが、大事なのは物語であって、それがいいから遊びもうれしいわけで、『鎌倉殿』は理想のドラマそのものである。

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