今もなお、音楽史に燦然と輝くロックバンド、ザ・ビートルズ。彼らの代表作と呼び声の高い“ホワイト・アルバム”こと『ザ・ビートルズ』の誕生秘話を紐解くドキュメンタリー映画『ミーティング・ザ・ビートルズ・イン・インド』(9月23日公開)を手掛けたポール・サルツマン監督を直撃した。インドで8日間、ビートルズの4人と過ごしたという監督に、当時を振り返ってもらいつつ、ビートルズとのレアなエピソードを話してもらった。

  • ポール・サルツマン監督が手がけたドキュメンタリー映画『ミーティング・ザ・ビートルズ・イン・インド』が公開

時代は1968年までさかのぼる。当時23歳だったポール・サルツマンが、北インドのマハリシ・マヘーシュ・ヨーギーのアシュラム(僧院)を訪れ、そこでビートルズのジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スターと出会い、ともに瞑想を学んだという。

まずは「思い立ったが吉日」とばかりに、何事においてもひるむことなく即行動に移すという監督の勇気や行動力に驚かされる。そもそもインドへ行くことになったのは、突然、内なる声に導かれ、自分を見つめ直したいと思ったからだが、なんと彼は、カナダの国営スタジオであるNFBが、インドでドキュメンタリー映画を撮影するという情報を聞きつけ、経験もないのに録音技師として撮影に同行したのだ。

「昨日のことのようによく覚えています。当時の僕は、スピリチュアルなことは一切信じていなかったのに、初めて心のなかの声を聞きました。それは『インドに行ってみてはどうだ』という魂の声でした。それでNFBの監督に、売り込みに行ったわけですが、最初に監督から断られた時は『そうですか……』と肩を落としましたが、その後すぐに彼が『録音技師なら欲しいんだけどできる?』と言われたので、その場で『絶対にできます!』と即答しました。そんな技術は勉強すればどうにかなる! と思ったので。何よりも、インドへ行きたいという思いが強かったです」

そして、渡航中に、サルツマン監督は最愛の恋人から別れを告げられてしまう。絶望したサルツマン監督が、誘われるがままに訪れたのがマハリシのアシュラムだった。「そこでの経験が、自分の人生に大きく影響を与えました」という監督。「自分にとっては、ビートルズに出会えたことよりも、彼らと共に瞑想することで、暗闇から立ち上がることができたことが大きかったです。それは1968年の出来事でしたが、瞑想と言われても一体なんのこと!? と言われそうな時代でした」と当時を懐かしむ。

「帰国後、お金がなくて、家賃を払うために、カナダの雑誌にアシュラムでの経験を書こうとしましたが、書きながらも、なんだか気乗りしなかったんです。なぜそう感じるのかと魂に問いかけてみたんですが、その時にこれを書くことはちょっと時期尚早だなと感じました。それで、もう少し自分のなかできちんとその経験を咀嚼(そしゃく)してから書くべきだと思い直したんです」

その後、当時サルツマン監督が撮影した写真は、地下室の倉庫にしまいっぱなしとなったが、32年後に監督の娘がその存在に気づいたことで、今回の映画を作ることに発展した。「決して隠していたわけでもないのですが、気がつけばそこから32年も時間が過ぎていました」とサルツマン監督は述懐する。

  • ポール・サルツマン監督

アシュラムでの世紀の出会い。監督自身は、失恋の痛手から立ち直るためにアシュラムの門を叩いたが、ビートルズの4人がそこを訪れたのも、父親的存在だったマネージャーのブライアン・エプスタインが1967年に急逝したことで、精神的な礎を失ったことが大きかったのではないかと言われている。まさに運命に導かれたような印象を受けるが、サルツマン監督は「心の声に従えば、“Magic”は起こります」と力強く語る。

「つまりそういうレベルで起きる出来事に、偶然はないと僕自身は捉えています。地球上で起きているいろんなことは、ある意味、必然なのかなと。私は15年くらい前から、そのことについて“Magic(不思議な力)”という言葉を使っています。僕自身は“Fate(運命や宿命)”という言葉はあまり好きじゃなくて。ある分厚い辞書で“Magic”について調べたら、25もの意味があって、最後に『リアルなものだけど、いまだ解明されていない』と書かれていました。人間というのは、心の声に耳を傾ければ、きっと偶然ではない奇跡のようなことが起こるんだと、私も信じています」

それにしても、サルツマン監督が、世界が誇るビートルズ4人を前にして、浮き足立つことなく、一般人のように接することができたこと自体に驚かされる。そのことを監督にツッコむと「劇中でも言っているとおり、最初に彼らを目にした瞬間は『ビートルズだ!』と心のなかで叫びました(笑)。もちろん、声には出さなかったけどね」とおちゃめに語る。

「以前、モントリオールで心のなかの声が聞こえたと言いましたが、4人と会ってから2回目にその声を聞いた時は、はっきりと『ヘイ、ポール』と自分の名前を呼ばれたんです。その時はまさに『おい、ちゃんと聞けよ』と言われた気がしたのですが『ビビることはないさ。彼らだって同じ人間じゃないか』とさとされまして。それからは、彼らと普通に過ごせるようになりました。彼らは8日間、僕と親しく付き合ってくれたので、一緒に写真を撮ってくれと言えば、おそらくOKをしてくれただろうし、サインをくださいと頼めば書いてくれたんじゃないかと思います。でも、私は一切ねだりませんでした。また、カメラで彼らを撮ったのも2回だけです。僕はこれまで有名人を54枚ぐらいで撮ってきましたが、そのうちの40~50枚くらいがビートルズのものです」